さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第401話

***

 

 

 

 山の民がいた。彼等は、山々を神聖視し、特定の樹木を信仰対象の偶像として取り、文明の発展に逆らって、太古の暮しを固守し、木々のもとを離れず、質素に過ごしていた。

 

 サンドラ族という彼等は、元は一所に集中して暮らしを営む部族だったが、事件があって分裂し、散り散りになってしまった。外界の文明を素晴らしいものとして山を出、より快適で便利な暮らしに移ろうという者たちと、あくまで部族の伝統と習慣、そして原生の自然を守り、その中で倹素に清貧に、素朴に生き続けていこうという者たちとの間で、激しい対立が起きたのである。

 

 新しい秩序に参入しようという者たちにおいては、比較的年齢の若いのが多く、反対に、保守的に旧来の生活の価値を尊重しようという者たちにおいては、高齢者が多かった。

 

 サンドラ族の長は、高齢者であり、やはり守旧派だったが、仲間における急進的勢力に対して激怒し、いざこざが勃発し、結果、分断が生じて、部族の者たちは、結束がほどかれて、方々へと散逸したのだった。ある者は、山を出、下界へとおりていき、村へ、町へ、城へと旅し、発展した産業によるその豊かさに浴した。またある者は、寂しくなった山中に残り、またある者は、喧噪に嫌気が差して、よその山に移った。彼等はそれぞれ、理解を得られなかった悲しみと、ぶつかり合わざるを得なかった怒りと、離散したことの虚しさに苛まれて、その後長く過ごすことになった。

 

 

 

「――オットー」

 

 山の廃墟が再建されて出来た町、グラルホールドの城の部屋にて、肌のよく日焼けした、長ベーラムは、室外にいる使用人の彼を、声を張って呼び寄せた。部屋の白い壁は、小さいヒビが所々に散見され、椅子などの家具調度は、使用感を帯びてくたびれている。

 

「はい」、とオットーは返事を返し、ベーラムのもとへとやってくる。

 

 朝のことだった。明るい陽光がただの四角い空洞の窓より差し込み、石を敷き詰めた床に差し込んでいる。

 

「また、君に手紙を届けてもらいたいのだが、いいかね?」

 

「勿論です」、と使用人は二つ返事で返す。手紙を始めとする荷物の運送と配達が、彼の使用人としての主だった職務だった。他にも城においてはやることがあるのだが、家事はベーラムの妻がやるし、家畜の世話や小屋の清掃は、彼の息子がやるのだった。

 

「ありがとう」、とベーラムがにっこりして言う。「今度もまた行き先が遠いのだが」

 

「大丈夫です。すっかり乗馬には慣れたもので」

 

「そうか。宛名はメルという。ある山中の小村に住んでいる女だ」

 

「メルさんですね。承りました」

 

 オットーは、ベーラムの持つ手紙の束と、手書きの地図を受け取り、サッと確認のために目を通す。ボロ切れを加工して生産した紙だ。製紙業も、このグラルホールドの産業のひとつである。

 

「彼女はパン屋をやっている。村へ行けばすぐに分かるさ」

 

「このメルさんという方も、サンドラ族の一員で、元々旦那様といっしょに暮していらっしゃったのですか?」

 

「あぁ、そうだ」、とベーラムはどこか懐かしむように肯定する。「散り散りになってしまった今、意思疎通のすべは手紙しかない。これから部族としてどうしていくべきか、額を合わせて合議したいと常々思うのだが、こういう風に、迂遠な手段を取らざるを得ないというのは、もどかしいものだ」

 

 ベーラムのぼやきに、オットーはとりあえず頷いて応じた。

 

 地図で確認される限りでは、今度のオットーの旅の目的地となるところはやや遠く、一昼夜ではまず着かず、何日か寝泊まりする場所の確保が必要のようだった。

 

 メルという女性は、オットーにとっては初めての相手であり、また訪問先も未知の地域であり、そういった意味で、今回の旅は、彼にとって興味深いものになりそうだった。

 

 

 

***

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