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木立の広場にポツンとある教会より出てきたのは、カタリーナという尼僧だった。彼女はこの教会にひとりで長く務めており、村に親密に寄り添って、ひとの不幸や、生誕などがあった時に、必要とされる役割を担うのだった。コンラートとは仲がいいらしく、打ち解けて話していた。
オットーは、ひとつひとつ、丁寧にお墓に向かって合掌していく内に、感傷的になり、ふと故郷であるグルンシュロスの両親のことが思い返された。彼等は今頃どうしているだろう。きっと軍主義化された城下町で、未だに息苦しい雰囲気の中で、陰々滅々と過ごしていることだろう。彼等の寂しそうにしている相が、黙祷するオットーの心中にぼんやりと見え、目を開けると、気の毒に思って悲しくなるのだった。
「――オットー君っていうのね」
墓地の端にある最後のお墓への弔いを終えて立ち上がり、コンラートのもとに戻ると、彼はカタリーナにそう話しかけられた。
ペコリと肯定して頭を下げるオットーに、コンラートは隣の女性を手で示し、「彼女は」、と言った。「カタリーナといって、この教会を切り盛りしている尼僧だ」
「遠路はるばる、ご苦労様。旅は大変だったでしょう」
「ぼく、馬に乗ってきたんです。だから、苦労というほどの苦労はなかったですよ。道に迷ったり、雷雨に打たれたりしましたが」
オットーは話しながら、並んでいるコンラートとカタリーナを見た。ふたりほどには、彼の両親は高齢ではなかったが、何となく、その面影が、オーバーラップして見える気がした。
「すまなかったな」、とコンラート。「こんなところに連れてきて、妙な頼み事なんかして」
「気になさらないでください。ぼくがこうやって弔うことで、何かよくなるのなら、進んでやります」
「ありがとう」、コンラートは言うと、カタリーナに目を向けた。「彼はもう帰るんだ」
「あら、そう」、と彼女。「昨日来たばっかりなんでしょう。もうちょっとゆっくりしていけばいいのに」
オットーは微笑み、「お気持ちはありがたいですが、主人が待っていますので」
今会ったばかりで、互いに相手のことをよく知りもしないのに、カタリーナは、オットーとの離別が、幾分かでも、確かに寂しいようだった。
短い談笑の後、オットーはカタリーナと慇懃に別れ、カタリーナは教会に戻り、オットーは来た時と同じように、コンラートに付いて村へと帰ることにした。
花々が咲き乱れる美しい広場の情景を、オットーは、これが最後と、記憶に焼き付けるために、いつまでも振り返ってまじまじと眺め続けていた。
藪の中の狭苦しい細い道を行きながら、それまでずっとだんまりだったコンラートが、ふと口を開き、「オットー君」と呼んだ。
「はい」、と彼は返事し、その頃には、教会はすっかり見えなくなっていた。
「この村に永住する気はないかね」
「えっ……」
出し抜けの提案に、オットーは呆気に取られた。
「わしらの村は、君が見ての通り、すっかり鄙びていて、とにかく若者が少ないんだ。このままでは、村は朽ち果てていくだろう。そうなれば、あの教会と墓地も、草木に埋もれて、二度と顧みられることはないだろう。わしは、そうなっては欲しくないんだ」
「……」
オットーは、考えるまでもなく、コンラートの提案を心中で拒んでいた。なぜなら、彼にはすでに、住まうところと、従うべき主人と契りを結んでいたからである。その忠誠心を、彼は曲げるわけにはいかないのだった。
「メルに君は会いに来た」、とコンラート。「彼女はまだ村では若手の方だ。もっと言えば、彼女が最年少さ。もし君が、村に居着いて、彼女といっしょになってくれれば、と、わしの理想はそうなんだが」
――オットーは、はっきりと断ることをせず、あくまで悩んでいる様を装っていたが、メルのことを聞いた途端、驚きとおかしさで吹き出しそうになった。メルといっしょになる? 彼女の人柄さえロクに知らないし、ましてや気が強いと苦手意識を持っている彼女といっしょになるなど、正気の沙汰ではない。
それから、コンラートは押し黙り、オットーは、拒否の言葉を帰す機縁を失って、同じように口を噤んで、ふたりはただ村へと向かってトボトボ遅鈍に歩いた。
さっさと帰ってしまおう――オットーは、先行するコンラートの曲がった背中を見つめてそう決心し、今の提案は聞かなかったことにしようと思うのだった。
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