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のどかな日和だった。
暑く、空に綿雲が流れていたが、おおむね晴天で、明るかった。それは、この同じ空の下で、戦争が起きているのだということを事実として飲み込みにくさせる空模様であった。こんなのどかな雰囲気が満ちているというのに、人殺しなど出来ようものか。
彼方に再び見る陸橋の下の集落では、きっと安穏な生活が営まれていることだろう。朝起きて、家畜の世話なり、田畑の耕作なりして、程よくくたびれて、夕暮れに哀愁を感じて、帰宅し、そして暗い夜に寝る。
「本当に」、と幌の中のベンチに、腿の上にのせた一方の手の腕をもう片方の手で握るといった、ゆったりした姿勢で座るリーザ嬢が言う。
「戦争なんて起きているのかしら」
そう誰に言いかけるでもなく、遠い目で彼女が呟く。
ぼくは心の中でその通りだと答える。
だが――
今日も馭者のコンラートさんの隣にいるブルーノが何かに気付いたように、呼吸や声などで、鋭い気配を放つ。
ぼくと令嬢は同時にビクッとして、にわかに張り詰めた緊張感に、馬車の進行方向を向く。
「何かこちらに向かってきておりますな」
コンラートさんが落ち着いて言う。
「馬だ」とブルーノ。「それも多分、軍馬だ。数頭」
「軍馬ですって?」
一転して、コンラートさんが動揺する。ぼくと令嬢も、何か抜き差しならぬ事態の到来を予覚し、胸中を焦燥感に乱される。
「えぇ。馬そのものではなく、乗っている人間のなりから、そう思ったんですが。大層な装備なのでね」
「逃げますか?」
「いや、もう我々の姿は目にとまったことでしょう」
「そんな」、とリーザ嬢が慨然と言う。「わたしたち、どうなるの? 旅は?」
「パッと見た限りでは、殺気を感じません。負傷兵かどうかはじかに会ってみないと分かりませんが、別に憔悴している感じも見受けられません」
「殺気がないなんて信じられないわ。軍人なんてみんな乱暴者でしょう」
「みんな乱暴者かも知れませんし、そうじゃないかも知れません。いずれにせよ我々と同じにんげんです」
馬車の車輪が回転する音に混じって、複数の馬の蹄鉄が地を蹴る音がバタバタと聞こえ出す。あぁ、もうすぐそこに来ているのだ。
馬車は止まり、ぼくらは待ち受ける恰好になる。
ぼくらは下草が青々と繁茂する緩い勾配の平原の途上にいる。彼方には陸橋。街道に通じる陸橋だ。そしてその向こうには山脈。戦争をやっているにしても、目に見える距離ではないようだ。
「ご機嫌よう」
聞きなれない声は、向こうから来た軍馬の騎兵の声だ。全身、ガチャガチャと鳴る金属の鎧をまとい、腰には鞘に納まった剣。重装騎兵だ。
騎兵は兜の覆いを指で上げ、顔を見せた。男だった。年はよく分からないが、老人ではないようだった。後ろに二人引き連れていて、彼らも同様重装騎兵だったが、彼らは兜の覆いを上げず、すっかりだんまりだった。
「ご機嫌よう。兵士どの」
馬車より下り、ブルーノが身振りと共に丁重に挨拶と礼を帰す。
「ちょっと、うやうやしく挨拶なんてしてる場合? 逃げなきゃ」
「リーザ嬢、だいじょうぶです」
「あなた方はきっと軍隊ではないでしょうね。一応、確認まで」
「えぇ、その通り、違います。ただの愉快な旅の一行です――一応、自衛のための最低限の武装はしていますがね」
そう言ってブルーノは腰の鞘より剣の刀身をチラリと指で上げて見せる。
「それはそれは」
騎兵はゴホンと咳払いする。
「我々はオリバー殿下率いる軍の兵士で、偵察と通信を任務としています。別にあなたたちに用があったわけではないが、たまたま遭遇したということで参考までにお聞きしたいことがあるのです」
「というと?」
「わが軍は目下交戦中ですが、補給のための拠点を求めており、この辺に、どこか村でもないものかと探しているのです」
「村なり町なり探して、そこで、必要な物資を調達すると」
「そうです」
「略奪なんてなされませんよね」
「まさか」
騎兵は両手を上げて否定するように振る。
「我々はその辺の野蛮な荒くれものとは違いますし、現状戦況は有利で、物資が不足しているということもありません。ただ、更にこの形勢を維持、あるいはよくするために、新たな補給路の選択肢を得ようとしているだけです」
「そうでしたか。それは失敬。邪推が過ぎたようです。謝罪します」
「いや、お気になさらず」
「謝るついでに、ちょっとこちらもお聞きしたいのですがね……」
ブルーノが遠慮がちに切り出す。
彼と騎兵は睨み合っている。刃を交えることはないと思うし、一触即発でもなかろうが、互いが互いを完全に信用していないことが明らかで、かたわらにいるぼくは、胸が悪くなってくるようだった。