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グラルホールドまでの手紙の宛先を巡る旅の内、最後の部族の里である洞穴に、オットーは到着した。眠たい中での強行軍で、彼はクタクタだったし、鞭打たれる馬も相応に疲弊していた。
そこは、あのエルと邂逅したところであり、だが、彼は、すでに洞穴を出ており、先日オットーと彼は――騎士を敵視する者と、敵視される者とは――因縁の再会を果たしたのである。
オットーは長に手紙を渡してさっさと帰るつもりだったが、里に見知らぬ男がひとりいて、気になった。彼は、以前もいたという気がしたが、彼の記憶で印象に残っているのはやはりあのエルだけだった。
簡明に用件を告げ、最後の一通を長に渡すと、踵を返し、オットーは帰ろうとした。
洞穴の出入口付近で、彼は呼び止められた。
「待て」、と見張り役の部族の男が、ぶしつけに聞こえる拙い言葉遣いでオットーに言う。「こいつ、おれたちのあたらしいなかま」
振り返るオットーの目前には、部族の男がおり、その隣に、更にひとりいた。着ている衣服は部族のそれだったが、何となく、馴染んでおらず、違和感が滲み出ていた。
「以前も来られましたよね」、と彼が、部族の男とは打って変わって流暢に言う。
「……?」 オットーは彼を見つめ、怪訝に思う。
彼の容貌はどこかいとけない感じがあった。髪が流れるようにきれいに生えていて、耳がすっかり隠れるほど長く、瞳は大きく、子どものように無邪気に輝いている。
「ぼく、クロロっていいます」、と彼。
「あぁ、はじめまして」、とオットーは気もそぞろに返す。「ぼくはオットーといいます」
――オットーにおいて、フラッシュバックするぼんやりとした光景があった。それは、かつて令嬢リーザと共に、彼女のふるさとで、ある日急に滅ぼされたというゲールフェルト村を訪れた時のことだった。村はすでに潰滅しており、賊が残った金品目当てではびこっていた。賊が何か情報を持っているかも知れないと踏み、オットーは勇気を出して彼等の前に出、ただの通りすがりの者と偽って会話してみた。
――その時だっただろうか。面と向かって話している相手と、そばにいる仲間のひとりが、あのエルと、このクロロだったという気がする。だが、今となっては過去のことであり、オットーは今更、あの頃のことを蒸し返す気はなかった。
「ちょっと訊きたいのですが」、とオットーが言う。
クロロはきょとんとし、隣の部族の男は、その辺を飛ぶトンボやらバッタやらを追いかけ回すという遊びに興じている。――あのエルとは違い、このクロロは、元はよそものだったはずなのに、すでに部族の和に馴染んでいるようだった。
「以前もうひとり、ここにいましたよね? 部族の方ではないと見受けられましたが」
「――?」
クロロは微かに顔をしかめ、誰のことかすぐ分かりかねるようだったが、やがて思い当たるものがあって、ハッとした。
「エルのことですか?」
「そうです」、とオットーは首肯する。
「エルは……」、と、クロロは顔を曇らせ、低い口気で言う。「エルは、里を出ていきました。エルは、『光』の宗教騎士団の騎士なんです。それも上級の」
「ふむ……」
さっさと帰るつもりだったが、クロロとの話はすぐに済みそうになく、彼は、オットーが聞きたいと思う情報をいくつか持っているようだった。
エルについて、クロロは、オットーが求めるのに応じて話した。彼が『光』の上官であること。彼とは嘗て賊としていっしょだったこと。バルビタールの傭兵に強制的に組み込まれたこと。等々。
拒まずに回答してくれたクロロに、オットーは丁重に礼を述べた。
「しかし」、とオットー。「あなたが彼の小姓であるなら、なぜ同行してこの里を出ていかなかったのですか?」
「ぼくらはそもそもここでは捕虜同然でした。侵略しに来たんです」
クロロは、近くで飽きずに虫たちと戯れる男を手で示す。
「彼等を支配するために、ぼくたちは遠方から遠征軍として派遣されてきて、ですが、返り討ちにあったんです」
「成るほど、それで……」
「エルはお忍びで脱出したんです。彼のことを、部族の者たちはまだ許していません。けど、外の世界には干渉しないしされたくもない、山の人々は、そういう考えで山中に住み込んでいるんです」
「よく知ってます。ぼくも、サンドラ族の主人に付いて生活してますから」
「そうだったんですね」
「あなたは、彼に付いてはいかないんですか?」
「ぼくは……」
そう呟き、クロロはしゅんと俯いた。
彼の気分は落ち込み、やがて苦笑いだけで返した。オットーは、その表情で、いくばくか、彼の心情が察せられる気がし、いい加減去ろうと思った。オットーは長に、近くにいる部族の者たちに――クロロにも――簡単にいとまごいを告げると、待たせている馬にまたがって帰路に付いた。今度は、グラルホールドまで一直線だった。
帰りながら、オットーは少し悩んだ。果たしてクロロは敵対者なのだろうか、それとも、違うのだろうか。
エルとは違い、彼の人柄には好ましいところがあり、オットーと同じく、非好戦的で穏やかな性分のようだった。だからサンドラ族は、エルを敵視する一方で、彼を受け入れたのだろう。
今度再会する時が来るとして、クロロはオットーにとって戦うべき敵なのか、あるいは手と手を取り合える仲間なのか、まるで予測出来なかった。
馬に乗って走る中、景色が前から後ろへと流れていく。クロロとの出会いは、遥か後方の出来事として、すでに隔たりが生じている。
オットーが彼を好ましく思い、仲良くしたいと欲しても、それぞれの運命がたがえば、命の取り合いすら起こり得るのだ。
やさしい理想と厳しい定めに挟まれて、彼はひどく胸苦しかった。
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