さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第411話

***

 

 

 

 洞穴で知り合ったクロロという青年は、かの地に、侵略の試みで、『光』が派遣してやってきたと言った。

 

 オットーはその話を聞き、穏やかではない心境だった。聖域だと思っていた山中奥深くの、サンドラ族の住む局限された、人目に付かない環境は、もはや絶対的聖域とはいえず、外敵の侵攻で荒らされ得るのだ。世界全体を統べようと欲する勢力は、世界の隅々まで、余すところなく破壊し付くし、新しい秩序を打ち立てようと腐心しているらしい。

 

 帰途、馬で快走しつつ、ベーラムは無事でいるだろうかとオットーは心配でしようがなかった。

 

 平原を突っ切り、丘陵地帯の低いところより、彼方のそびえたつ、てっぺんの冠雪した連峰までのぼっていく。

 

 低地のひどい暑さが、上へとのぼるにつれ、次第に和らぎ、眼下に周縁の模様が見下ろされるようになると、オットーはもう、乾いた涼しい風の吹いてくる肌寒いほどの標高にいるのだった。山頂の雪がとけたものが流れて生成された川水は、飲むと頭がキンキン痛むほど冷たかった。

 

 涼しい風が、グラルホールドの者が管理している麦畑の麦を柔らかに揺らす。くっきりと濃い青色の空には、雲がゆっくりと流れている。

 

 ――グラルホールドは、きっと大丈夫だろう。

 

 その風景をぼんやりと眺め、オットーには何となく、そう感じられるのだった。

 

 

 

「あっ――」

 

 

 

 ひとりの男児が、町の出入口より入ってきた者を指差す。

 

「オットーだ! オットーが帰ってきた!」

 

 男児はそう叫び、その大声による知らせは瞬く間に広がり、帰ってきた手紙の配達人のもとに、わらわらと小さい黒山が出来上がった。

 

 オットーは馬より下り、歓迎し、ねぎらいの言葉をかけてくれる町民たちにねんごろに応じ、次々と浴びせられる質問に逐一答え、彼は早くベーラムのもとへと行きたいのだが、中々解放されなかった。彼はしかし、こういう風に歓待されることが、このグラルホールドが、自分の帰るべき場所なのだと改めて思い知って嬉しく、また照れ臭かった。そばで待っている馬の方にも、何人か行き、首を撫でたり、野菜を食べさせたりして、ご機嫌を取っている。

 

「そうそう」、と男児が、そろそろ話が打ち切りになりそうだというところで、思い出したように言う。「今、お客さんが来てるんだよ」

 

「お客さん?」、とオットー。

 

「ベーラムさんのところに行ってるよ」、と女性。「牛車で来たのよ。ここまで大変だったでしょうに」

 

「はぁ」

 

 オットーがキョロキョロしていると、女性がある方を指差す。その方では、一本の木が植わっており、そこにヒモで荷車を曳く動物が繋がれている。黒と白のまだら模様の、牛だった。荷車には幾つか、木箱が積まれている。

 

「行って、挨拶してきなさいよ」、と女性が促し、オットーはそうすることにした。周りの人だかりは散り、彼は中央のベーラムの城兼住居へと歩いていった。

 

 

 数段だけの低い石段をのぼり、木の扉をノックすると、ベーラム夫人の声がし、扉が明けられ、彼女と息子が顔を出す。

 

「まぁ、オットーじゃない。おかえりなさい」

 

 オットーははにかんで挨拶を帰す。

 

「今、お客さんが来てるの。何でも薬屋さんなんだって」

 

「ベーラムさんはお話中なんですか?」

 

「えぇ。けど、行っても大丈夫よ。ただいまって言いに行ってみるといいわ」

 

 オットーは城内へと招じ入れられ、帰郷の情趣に浸る間もなく、ひとにああしろこうしろと言われて、とにかく従うのだった。

 

 

「――オットー? オットーじゃないか!」

 

 

 一室でテーブルに付いているベーラムが、気に入っている使用人の帰着を知ると、すぐさま立ち上がり、彼に近寄っていって握手した。

 

「無事、手紙は全て届け終えました」

 

「そうか。よかった。ご苦労だった」

 

 遠方への数日に渡る旅の後いつもする再会の喜びの分かち合いの最中、オットーはチラチラと、テーブルの、空席の向かい側に座っている見知らぬ男を窺った。彼は暗緑色のローブを纏い、凛々しい顔立ちで、さほど高齢ではないのだが、髪は半分以上、灰色になっており、老け込んで見えた。

 

 彼はペコリとお辞儀し、オットーも同じやり方で返した。

 

「あぁ、紹介するよ」、とベーラムが客人を手で示す。「彼はリフレといって、薬屋なんだ」

 

「はじめまして」、と薬屋がにっこりして言う。

 

「はじめまして、ぼくはオットーといいます。この城の使用人です」

 

「手紙を届けにしばらく外出なさっていたと、ベーラム殿より聞いております」

 

「えぇ――」

 

 オットーが肯定するが早いか、ベーラムが彼の肩をポンと叩き、「まぁ、とりあえず座ろうじゃないか。立っていると疲れる」と言ってテーブルへと誘導した。

 

 オットーは席に付くなり、「一体どういうお話をされていたのですか?」、とふたりに聞いてみたが、彼等の顔に陰が差したのを、オットーは見落とさなかった。

 

「リフレは、さっきグラルホールドに訪れたばかりなんだが、ずっと下界の話を、わたしは彼に聞いていたのさ」

 

 下界の話……オットーは、そういえば自分も、世の趨勢に付いて、ベーラムと話したいという気持ちと共に帰ってきたのだと思い出した。

 

「戦争のことですか」、とオットーが、半ば確信して訊く。

 

「そうです」、とリフレが、微かに目を見開き、オットーの察しのよさに驚いたように返す。「わたしの稼業は薬屋ですが、薬の売り買いのみならず、採取、研究もしております」

 

 リフレは、そのために、騒乱のない、秩序の安定したところを選んで旅しているのだと言ったが、最近はあちこちで争いが群発し、おちおち自分の仕事が出来ず、とうとうグラルホールドのある山手の僻地まで来てしまったようだった。

 

「ですが、山々も早晩、安全平和ではなくなるのだと思います」

 

「下の者たちは、我々の御山まで進出し得るほど、彼等の土地を占有し切ったというのか」

 

「世界の勢力図は、かつてと比べてずいぶん簡単になりました。小さい勢力は潰されるなり統合されるなりしてなくなり、大きい勢力が互いに拮抗しているという状況です。わけても脅威なのが宗教結社の『光』」

 

 ――オットーは、口を噤んでふたりのやり取りに集中し、耳を澄ましていた。

 

「仲間との手紙である程度、その組織については知っているつもりだが、よほど貪婪な連中のようだな」

 

「彼等は物欲で侵略行動に従事しているのではありません。ただ彼等の宗教による世界の統一を目論んで、教えに服しない人々を脅かしているのです」

 

 ただ黙然と聞いているだけのオットーに、洞穴で会った青年との話が自然と蘇ってくる。彼の話は、今ベーラムとリフレがしている話と直接関連しているという直感が、オットーに稲光のようにパッと光った。

 

『光』――青年クロロがその小姓であるところの、そして、オットーが二度顔を合わせた恨めしい因縁の敵対者の、エルは、確か、その組織の上官だったのである。

 

 

 

 オットーが身震いがしたのは、高地の冷たい空気のせいだけでないのは、明らかだった。

 

 

 

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