さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第413話

***

 

 

 

 偵察による新種の武器の報告の後、そう経たない内に、再び一報が入り、今度は敵軍の接近を告げるもので、フリッツは、結局満足に睡眠出来ぬまま、作戦に参加することとなった。

 

 夜明けまではまだあった。夜襲という形で、『光』は向かってくるようだった。

 

 号令があちこちで叫ばれ、騒然となったが、下級の兵士は慌てて移動し、塹壕に潜ったり、兵器のそばに横陣を組んだりし、同じく歩兵であるフリッツは陣営を離れ、近傍の木立に潜伏した。

 

 ブレイズは疲れがあるので、陣営に残り、しばらく後方で待機することになった。指揮を執る上級騎士は他におり、必ずしもブレイズが無理する必要はないのだった。

 

 彼等は互いの無事を祈り、別れた。生き残れたら共通の郷里であるメンドンに帰ろうという誓いを立てて。

 

 フリッツは、空気のジメッとした木立の茂みにしゃがんだ姿勢で隠れ、開けた広原を覗き見た。暗くてよく見えたものではないが、敵は目に付く灯火を持ってやってくるに違いない。

 

 

 

 先頃、世の中に『国家』という概念が誕生した。他に侵されない固有の領域を持ち、仲間である国民を抱え、独立して運営される一個の社会集団である。

 

 それまで乱立していた、支配者と服従者で成立する封建的集団が、度重なる争いで、統合されたりなくなったりすることを繰り返して淘汰が進むことで、以前より社会集団の数が減少し、細小だった単位が、粗大になった。国家の概念は、或る賢者の著した学術書が説き明かしたものであり、今では普遍的概念として広く浸透している。

 

 そして、この世において最大の社会集団である『光』は国家の樹立を宣言し、更に詳しく、彼等はみずからを『帝国(インペリウム)』と称した。教皇トーマスは皇帝を兼任し、彼は宗教組織において最高位であると同時に、世俗における政治活動まで担い、絶大なる権力を揮った。帝国は侵略して服従させた複数の社会集団を構成単位としており、帝国と称する国家は往々にして規模が大きく、しばしば他の国家にとって恐るべき脅威となるのだった。

 

 果たして、『光』は総力戦をしかけてくるのだろうか。フリッツは、またブレイズは、そして他の大勢の者は、気になっていた。

 

 インベガは、いくら要害の地にあって、攻城戦に対して有利だとしても、仮に『光』が、総力戦をしかけて来、服従させた社会集団、すなわち植民地より援軍を呼び込み、四方八方より攻め込むとすると、まず防衛し切ることは不可能だ。

 

 だから、誰もが、この度の戦争が、勝てるものなのかどうか、早く知りたかった。

 

 フリッツにおいて、ジリジリとした緊張感で、腹部の辺りの肉がギュッと引き攣った感覚が繰り返される内に、とうとう、夜の暗闇に、明るい火影が、大勢のひとの気配と、馬の蹄鉄と足音の物々しい複合音と共に、彼の視界を通っていった。

 

 フリッツは血の気が引くようだった。鳥肌が立って、口内の水分が完全に引き、胃の具合のよくないことが分かる口気の悪臭がほのかにした。

 

『光』の一軍が通っていった――つまり、戦闘開始が間近に迫っているのだった。潜伏しているフリッツと、彼と共にいる者たちは、今通っていった一軍を、木立より出て追いかけ、後方で迎撃する仲間と挟み撃ちにする予定だった。

 

「見えたか、今の」、と近くの男がフリッツの方ににじり寄って言う。

 

 フリッツは黙って頷いたが、男はフリッツが無視したようにしか思われず、自然と「おい!」と呶鳴ってしまった。

 

 フリッツはビクッとし、慌てて「見ました」、と答えた。

 

「ずいぶん少ないようだったが、奴さん、戦力を分散してるみたいだな」

 

「全軍での対決は避けるべきだって、戦略家のひとが言ってました」

 

「各個撃破でやっていくしかないか……」

 

「あまり言いたくありませんが、全戦全勝というわけにはいかないと思います。どこかで勝っても、どこかで負ける。そういう変わりゆく戦況を、常に概観する必要があります」

 

「あぁ。それと、偵察の言ってた相手の新種の武器が問題だ」

 

「そうですね。わたしはあいにく確認できませんでしたが、きっと持ってきてるでしょう」

 

 話している内に、他の男が背後より、時機だとふたりに伝え、フリッツの部隊は、木立より出、今通っていった敵軍を襲うために移動することにした。

 

 彼方に、ぼんやりとして淡い暁の光輝が、うっすらと見えた。

 

 暁光と共に、戦いが始まるのだとすれば、分かりやすくてよい、などと、フリッツは未明の空を仰ぎながら、くだらないことを考えて行進した。

 

 バシン、と背中をフリッツは強く平手で打たれ、レザーアーマー越しでも、それは強烈だった。

 

「お前、気が抜けてるぞ。しっかりしろよ!」

 

 さっきの男が厳しい口調で注意した。他のいっしょに行進する仲間たちは、半ば憐れむような、半ば蔑むような目で、フリッツを見た。

 

 この戦いが、どういう運びになるかは分からない。だが、火蓋は切って落とされたのであり、そうなった以上、戦闘員は、生きる・死ぬという将来の運命に関わらず、今ある己の使命を力を尽くして全うするしかないのだ。

 

 フリッツは淡い暁光を見つめた。それが眩ければ、刺激で眠い目が少しは冴えるのだろうが、淡いせいで、中々芳しい効果がないのだった。

 

 

 

***

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