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挟撃のため、フリッツを含む兵士たちは、木立より広原に出、敵軍においてほのかに照る、遠のいていく灯火を追うことにした。
フリッツたちは、敵の重装兵などと正面から争えるほどの装備を身に付けておらず、そのため、消耗の少ない戦い方を選んで相手とやり合わないといけなかった。
塹壕がそこかしこにあるので、いざとなれば、ことを有利に運べるはず……まだ実地で使用したことのない塹壕について、フリッツたちは、塹壕を考案した戦略家の考えを信じて、ぼんやりと考えた。
その内、彼等はすでに交戦状態にある敵軍まで接近し、その搦め手を一斉に襲った。敵は泡を喰い、逃げ惑う者などがおり、完全に色を失って統率が乱れ、撃破するのが容易に思われたが、油断は禁物だった。
フリッツたちの背後より、鬨の声が上がり、敵軍が新たにやって来、今度は、フリッツ達が挟み撃ちとされることとなった。
最初攻撃していた方はとりあえず打ち捨てて自軍に任せることとし、フリッツ達は迎撃に集中することにした。
暁光が、段々と光輝を増してき、空は藍色だったのが、明るい青色へと移行していっていた。
フリッツ達は向かって正面の敵たちと剣や槍による近接線を繰り広げていたが、ある時、敵方が意味深に後退し、後方で待機していた別の者たちが正面に代わりに出てきた。彼等は、見慣れない武器を持っており、フリッツ達は、それが、偵察の報告したものに違いないと確信したが、どういうものなのか分からない以上、対処しようがなかった。
パン、という高い音が鳴ったかと思うと、フリッツの味方のひとりが倒れた。彼の体にはレザーアーマーを貫通する風穴が空いており、血がダラダラ流れている。
遠距離用の武器だと、フリッツ達が悟ると同時に、同じ音が立て続けに鳴り、激しい勢いで小さい丸い物体が飛び、それらは、命中した者をことごとく打ち倒していった。
フリッツを含め、当たらずに済んだ者がいれば、バタッと倒れて事切れる者もおり、誰かが「逃げろ」、と叫ぶと、フリッツたちは、戦いを中断して逃げることにした。
「塹壕まで逃げろ!」
インベガの兵士たちは脱兎の如く駆け出し、この極めて不利な戦況を脱しようと必死になった。しかし、『光』が逃げようとする相手を安易に見逃すわけがなく、追撃がされ、それに当たった者は、やはり命を奪われた。――だが、『光』の持ち出してきた新種の武器は、威力こそ凄まじいものの、精度はあまり高くないようで、攻撃の回数の割に、当たった回数はさほど多くなかったように、インベガの兵士たちに思われた。
さっきいた木立の範囲内にフリッツたちは逃げ込み、元よりその予定だったが、彼等は、小規模部隊での奇襲などの戦略で抗戦すことを余儀なくされた。
「やっぱりおっかねぇ」
と、味方の男が独り言で言ったのを、フリッツは聞いた。彼はフェノバールではなく、インベガの兵士だった。
「冗談じゃねぇ。こんなの、おれの知ってる戦争じゃねぇよ」
「ぼくも初めての経験になりますが」、とフリッツ。「攻撃の応酬が出来ないのが驚きです。こちらが近接武器であるのに対して、相手が遠距離武器では、そうなるのは自明でしょうが」
「他の味方たちはどうなってるだろう」
「おおむねぼくたちと同じ状況なのではないかと……」
「それじゃ、総崩れじゃないか」
男は、ほとんど絶望してそう嘆いた。
「塹壕まで逃げてそこで応戦すれば、まだ戦況の転換は出来るはずです」
「くそ……」
男は悪態を吐き、周りにいる仲間たちは、皆口を噤んでいたが、暗い顔をしていた。朝日が、木立に差し込んで来、あまり明るくなると、木立も安全とはいえなくなるという気が、フリッツたちにおいてした。
ふと、ドーンという轟音と地響きがし、一同ビックリして立ち止まった。
「何だ!」、と男。
フリッツ達は互いに頷き合い、木立の中程より端の方まで移動し、音源と思しき場所を目視してみた。
広原の一部が、へこんでおり、砂埃が立ち上っている。周りには黒い鎧の『光』の騎士たちと馬が息絶えて横たわっており、高い威力の兵器が使用された形跡が濃厚だった。
「おれたちのやつかな」、とひとり。
「そうだろう。だって倒れてるのが敵なんだから」、と別のひとり。
一部ではあれ、敵方の者が攻撃を受けてやられたところを見ると、インベガの兵士たちにおいて、すっかり挫けそうだった戦意が、多少持ち直してくるようだった。中にはみずからを励ますように笑い声を上げる者がおり、不気味だったが、沈鬱極まりない雰囲気は、ある程度和らいだ。
その後も、ドーンという砲声は繰り返し聞こえ、必ずしも、『光』に対して、インベガは圧倒的不利というわけではないようだった。
「急ぎましょう」、とフリッツ。
「あぁ、だが、おれたち味方と合流するのか?」
「……」
指示を出す上官が、元々同伴していたのだが、敵方の攻撃であえなく斃れ、フリッツたちは、今どうすべきかということを示す者がいなかった。
「部隊を編制し直す必要があるんじゃないでしょうか。ぼくたち下級兵だけで行動するのは、無理があります」
「そうだな」
ひとまず、フリッツたちは塹壕のあるところまで後退することにし、まだ安全であるはずの後方の陣営に帰還して、そこにいる上官に指示を仰ぐことにした。
砲声が、断続的に響く。その音は、きっと味方の使用する兵器の音のはずなのに、フリッツたちは、その轟音のたびに、心臓がビクンと激しく跳ねるようで苦しいのだった。
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