さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第418話

***

 

 

 

 敵の攻撃を被ったブレイズの脇腹の傷の出血が、彼のまとうプレートアーマーの腰部を伝い、脚部に、また、馬の胴体に流れ、地面に滴り落ちた。敵前より遠くまで逃亡することは、流血の痕で跡付けられるため、ほとんど意味をなさないだろう。

 

 一騎打ちだったブレイズとエルの闘争は、エルの一撃がブレイズの肉体をかすめたことで、一気に形勢が変わり、攻防が消え、一方が距離を取るために逃げ、一方が追走するというやり取りになった。

 

 優勢なのはエルの方で、彼は馬に鞭打ち、ブレイズを猛追し、気息奄々たる彼へと接近していった。

 

 ブレイズは、最早これまでかと、最期を覚悟して馬を転回させると、やむを得ず、向かってくるエルを迎え撃つことにした。

 

「――待って!」

 

 ふと、鋭い声がし、ブレイズもエルもハッとした。

 

 近辺より、騎兵が何人かやってきている。ふたりの闘争に乱入でもするようだ。シルバーの鎧……インベガの騎士だった。

 

 ブレイズは誰が来たのかと見定めると、ギョッとして「フリッツ」、と呆然と叫んだ。

 

 フリッツたちは、馬上で装備している弓矢の弓の弦を引き、矢を放った。

 

 決して足並みがそろっているわけではない、にわか仕込みの騎兵隊の射出した矢は、それぞれ狙っていたエルに当たることはなかったが、彼のそばを掠め、エルは咄嗟に大剣を盾のように構え、当たらなかったと分かると、肝を冷やした。

 

 エルは舌打ちすると、一散にその場を去り、逃げていくようだった。

 

「すみません」、とフリッツが、そばの仲間に話しかける。「すぐ近くに他の騎士たちがまだ戦っているはずです。彼等に一旦退散の指示を伝えてください」

 

 仲間は分かったと返し、馬で駆け出していく。

 

「お前」、とブレイズはそばに寄ってきたフリッツに、やはり呆れ返った様子で言う。「陣営で他の将官に命令を受けろと言っただろうが。何でおれの助けになんて来るんだ」

 

 ブレイズの難詰には覇気がなかった。寒くもないのに、声が震えていたのだ。フリッツは哀れみの目を彼に向け、彼の脇腹の血を目だけで見下ろした。

 

「これは命令さ」、とフリッツ。「ブレイズの援助にって、言われたんだよ」

 

「……」

 

 ブレイズは何も言えず、沈黙した。実際彼は、フリッツたちが出し抜けに駆け付けなければ、エルの勢いに圧倒され、討ち死にしていたかも知れない。

 

「とにかく傷の手当てに、陣中に戻って」

 

 

 

 ――少し離れた平原で、ブレイズが連れて出た仲間の騎士が、未だに互角の乱闘を続けており、だが、そこに向かって、荷台を引く数頭の馬が、ゆっくりと近付いていた。

 

 やがて馬たちは近傍まで来、馬を操る馭者は、荷台の工兵に頷きかけ、工兵は、荷台に積載された大砲を動かし始めた。

 

 フリッツの指示を受けた騎士が、逃げろという号令を、乱闘にまみれる仲間に叫び、仲間は、瞬時に情況を悟り、その場を離れた。

 

 呆気に取られた敵の騎士たちの集まる辺りに、大砲の弾が撃ち込まれ、轟然と爆発し、そこにいたエルの配下の騎士たちは、粉みじんと散った。

 

 彼等は、すぐに陣中に戻るために移動を始め、爆風で荒れた平原を離れた。

 

 

 

 陣中に常駐する衛生材料を管理する兵士が、戻ってきたブレイズの傷の手当てをした。血だらけの傷口を清水で洗い、包帯で腰全体を巻くことで塞いだ。

 

 ブレイズは痛みを堪えながら、更新された戦況図を見下ろし、他の者と鳩首合議していた。

 

 ブレイズとエルの間の戦での一勝が、陣中に戻ってきた者たちの戦意を高揚させ、元々陣中にいて、中々敵の攻勢を押し返せずイライラして不安だった彼等を励ました。フリッツたちが挟撃し、討ち損ねた敵軍は、他の戦いで勝った仲間たちが応援にやってきたことで、潰滅させたという報告があり、戦況図は、前線の位置が、当初よりやや敵の方へと進み、インベガは、『光』に対し、優勢を取ることが出来たのだった。

 

 

 

 だが――

 

 

 

 陣中に激震が走った。それまで昂揚感でほとんど浮ついていた騎士・兵士たちは、オロオロし、高まった自信による落ち着きは、すっかり崩されてしまった。

 

「報告です!」、と伝令のためにひとりの兵士が陣中にやってくる。

 

 その慌てぶりに、陣中の者は何事かと思って静粛にした。

 

「避難所が襲われました!」

 

「何だって!?」

 

 何人かが驚愕して声を荒げる。

 

 衝撃の報告だった。ほとんど確実に安全を確保されているはずの山中の目立たない避難所が、『光』の強襲を受けたのである。

 

 フリッツは顔面蒼白となり、最悪の事態を想像した。

 

「警護のために張っていた者たちは皆殺しにされました。女・子供は無事なのですが……」

 

「無事だが、何だ?」

 

「はい。彼女等は、拘束され、とどのつまり……」

 

「人質、というわけか」

 

「そんな……」

 

 フリッツはあまりのショックに平衡感覚を損ね、目まいに近いふらつきで、ほとんど倒れ込みそうになった。

 

「何で……避難所は、誰にも分からない山奥にあるのに……」

 

「誰か、密偵でもいたのではなかろうか。我々の中に、混じっていたのだ」、と軍師が、微かに怒りを滲ませて言う。

 

「密偵……」、とフリッツは呟いた。

 

 誰か、裏切者がいたということだ。

 

 裏切者……。

 

 フリッツには、思い当たる人物がいた。彼女は薬屋の娘で、ある日の深夜、ベッドを抜け出して城内をうろつくという、怪しい動きを見せていた。

 

 だが、彼女を詰責する前に、フリッツたちは、まずは捕われた避難民たちを救い出す手段を講じなければいけなかった。

 

 避難民の中には、フリッツがよく知り、親しくしている、旧友である服屋の娘、ミアが、含まれているのである。

 

 

 

***

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