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電撃が走った。
警護のために配置された避難所の兵士のものと思しき叫び声が、辺りに響き渡り、避難民はすぐに異変を察知した。
誰かが来たらしい。それも、友好的ではない誰かが、である。
避難所の扉が蹴破られ、暗がりに外の光が差し込み、姿を現したのは、黒い鎧の、『光』の者だった。
中の者がこぞって悲鳴を上げ、ひどく騒々しくなった。
「静かにしろ!」
そう呶鳴り、光の兵士は、手に持っている武器らしき長い物体の短い紐に、たいまつの火を移す。そして構えた後――パン!という何かが弾ける勢いのある音が、火花の飛散と共にし、避難所の小屋の壁に風穴が空いたのだった。
その威力、その恐ろしさに、避難所にいる女、子ども、老人は、慄然として無力を悟り、し、しゅんと静まり返った。
「まずは外に出ろ。お前たちには向かってもらうところがある」
そう言い、彼は近くの者に対し、顎をしゃくり上げ、「立て」、と命じると、扉より逸れ、外に出るように威圧感をもって促す。彼の命令は続き、最初の者の後に、次々と続いて、列を成して、移動を始めた。
避難民の中にまじっているミアも、気が動転し、しかし、窮迫した情況の中で、どういうことになっているのか、怯えた顔の裏で、推測を立てた。
つまり、この安全であるはずの避難所が、なぜか敵方に知られており、手薄である弱みに付け込み、襲撃されたのだ。
おどろおどろしい鎧と武器を装備する兵士に挟まれて、避難民は行列で行進した。
マルテのいないことに、ミアは、自分の思考に集中することで、気付かなかった。
この襲われて、脅されて、それまでの場所をおわれるというのは、ミアにとって、すでに一度――否、何度か経験してきたものであり、彼女はまたかという忌まわしい思いに苛まれた。
ふるさとのゲールフェルト村、そして、フェノバール。インベガまでもが、敵の侵略を受け、彼女は避難のために出ざるを得なかったのだ。
彼女の嫌忌と怒りは相当のもので、また同じ目に遭うのは絶対に許容出来ないことであり、彼女は両手を腰の後ろで組んで歩きつつ、何とか逃亡する術を模索した。
高い山の木暗いところを、どこかに向かって、彼女を含む避難民は歩かされている。
熟考に熟考を重ねていると、ふと、ミアのそばに、人影がひとつ幽霊のように現れ、彼女は最初それに気付かなかったが、その幽霊の如き者が、段々と存在感を露わにしてくると、ようやく気付き、ギョッとした。
「ご機嫌よう」、と、彼女と並行する男が挨拶してくる。彼は鎧も武器も装備しておらず、真っ黒のゆったりした帽子付きのローブだけという軽装だった。
「あなたは……」
彼女の目に、彼は特異であった。わけても顔が、そうだった。広い痛々しい瘢痕に、悲しに、また苦しげにくぼんだ目。
「大した者ではありません。わたしはザムエルと申しまして、ただの侍従です。兵士たちのように荒っぽい真似はしませんよ」
「……」
かといって、心を許すはずもなく、ミアは、考えを中断させられ、不愉快だった。
「何かお考え中のようにお見受けしましたが」
「……」
ミアは図星を衝かれたが、徹底して表情を崩さずに維持した。
「いえ」、と彼女。「悲しみに打ち沈んでいるだけです」
「そうですか。それは、お気の毒です」
――不愉快さが、その言葉で募った。彼は侵略者の仲間であり、その彼が、被侵略者に対してこのように露骨に同情するなど、かえって神経を逆撫でするに決まっているのだ。
ミアは、悔しさと怒りで下唇を噛んだ。
「ご家族は?」、とザムエル。
「いません――いえ、いるはずなのですが、過去に拉致されたきり、再会出来ていません」
「そうですか」と、ザムエルはわざとらしく、哀感たっぷりに目を伏せた。「家族のいない悲しみ。家族を失った悲しみ。わたしは分かるつもりです」
「本当ですか」、とミアが疑り深く訊く。
「えぇ。なぜならわたしも、家族を奪われて失った過去がありますのでね」
ミアは眉をひそめ、いかにも不審がった。
クスリとザムエルは笑み、「本当ですよ」、と念を押した。
「ならば」、とミアは問い詰めるように言う。「なぜあなたは、あなた方は、こうして無辜の人々を恐怖に陥れるのですか。そうすることは、他者の生活を破壊するのと同じで、また、家族を奪われることともいっしょなのではないのですか」
「恐怖に陥れるのではありませんよ」、とザムエル。「むしろ、幸福へ、充実へ、“光”へ、導くのです」
「連行されて辿り着けるものに、一切の幸せも光もあるものですか」
「あるのです。わたしは、わたしどもは、そのように確信しております」
「信じられない」
「
「しがない生娘に過ぎません」
「いいえ、まさかそのはずはありません。あなたには才覚がある。わたしにはそう見える」
「あなたは気味が悪いです。わたしを虐めるのは、もうやめてください」
ミアはそう言って、涙を流した。感情がズタズタにされ、収拾が付かなかった。
ザムエルは目を逸らした後、泣いた少女の赤い顔を横目で瞥見し、表情はポカンとさせながらも、どこか満足げだった。
ミアは、元々ギュウギュウ詰めの小屋での時間にくたびれ果てており、戦争を想うことの心労もあり、その上で更に、敵襲と連行によって心身を削られ、最早冷静さを失っていた。
大雨でも降って、雷撃が自分たちの上に落ちて、皆死んでしまえばいいのに、と彼女は捨て鉢な気持ちで思った。
だが、山の上には、木々の枝葉を通し、秋の朝の青空が――不気味なほど青い空が――広がっているのが、見上げられた。
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