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にんげんだと、ブルーノは言った。あの騎兵も、ぼくらとおなじ血の通ったにんげんだと。笑いもすれば、泣きもする。お腹がすけばパンが欲しくなる。可愛いひとがいれば、恋をする。
だけど、戦争はにんげんのするものだ。にんげんだけが戦争する。人を殺し、田畑を騎馬のひづめで踏み荒らし、川の水に血を混じらせる。
「我々のやっているのは」、と騎兵が言う。
「戦争は戦争だが、その規模は大きいものではありません。なぜなら我々の戦争は、いわば領土を隣接する領主同士の、境界線がはっきりしないことによる言い争いに端を発したものなのです。戦争といえど、ただの人殺しにならないための通念上の道義がありますし、今のところ他国に援軍を要請するなどしていません。我が方も相手も、この戦争がかかげる主題が周りを巻き込むに足りるほどには大きくないことを理解しているのです」
話をそばで聞いているぼくは、戦争というものが、決して残忍極まるものとは限らないらしいという印象を受け、意外に感じた。だからといって礼賛しようとも思えなかったが。
「我々にも人情があります。確かに野蛮な領主、野蛮な軍人はいます。けれど、自分の命を賭し、また相手の命を奪う以上、戦いには大義がなければなりません。そうは思いませんか? 血で血を洗うことに終始していては、我々にんげんはいつか絶滅するでしょう」
「成るほど」、とブルーノは答えた。「あなた方の戦争のこと以外にも、あなたの戦争観のようなものをお聞き出来て幸いです」
「我々はひとを襲うつもりはつゆもありません。ただ人里のありかを求めているだけなのです」
「あそこにある」、とブルーノが指さす。陸橋の下だ。「あの村はどうでしょう」
「もちろん、我々も道すがら認識していました。ただ、あれだけ小さい村では補給線として確保するには弱いかと」
「そうですか。分かりました」
そう言って、ブルーノは、ぼくらが朝方離れた村の位置を、地図を見せながら説明した。その雰囲気は、もうぼくらを緊張させるピリピリしたものではなくなり、今では、道を教えてもらう人と、教える人の間にある、親切でかしこまったものであり、ぼくらは何となく緊張感を和らげていくことが出来たのであった。
「では」、と騎兵が向こうで首だけで振り返り、手を上げる
ぼくら、旅の一行と騎兵たちは行き違い、それぞれ振り返って別れの挨拶を交わした。
「さて、再出発しましょう」
ブルーノの声掛けで、コンラートさんが馬に指示し、馬車が進み出す。
また、ガタゴト馬車が言いだす。
「ふぅ」、とリーザ嬢が安堵のため息を漏らす。「最初はひょっとしたら殺されるかもって思ったけど、軍人っていうのは、優しいひともいるのね」
ぼくは向かいのベンチからじっと令嬢の目を見つめた。緊張にこわばった体をすっかり弛緩させ、彼女はベンチに深く座り、顔色はまださっきまで青ざめていた気配がうっすらと残っており、血の気は完全に戻っていないのだった。
リーザ嬢がぼくの視線にピクッといぶかるように反応する。
「何よ、フリッツ。ひとの顔をじろじろ見て」
「いえ、リーザ嬢が、そういう人でよかった、って思って」
「そういう人って?」
「ひとを信じられるひとってことですよ」
「わたしが、あの軍人たちを、信じたって言うの?」
「えぇ、じゃなければ、護衛のぼくらに、いち早く退治しろ、とでも命令をくだすはずですからね。令嬢にはそういう権限がおありですから」
「あら」、と令嬢。「わたし、賑やかなのは好きだけど、荒っぽいことは大嫌いなのよ」
「そうですか」
ぼくとリーザ嬢は、お互いに微笑み合った。
コンラートさんも、馬を操りながら、ぼくらにチラッと笑顔を見せていた。
だが、ブルーノだけは、いつまでも真顔で、ぼくらの会話なぞまったく意に介していない風なのだった。