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インベガの騎士・兵士たちが、よそからの侵略を武力によって退け、平和を保持するために存在する他方、避難していた女性・児童・老人は、生活を豊かにする産業の従事者としての役割を担っていた。
彼等は奇襲を受けて一網打尽にされ、従って、最早インベガの産業は廃絶したのも同然であり、彼等に関する悲報は、ちょっと前まで戦線を前進させることに意気軒高だった騎士・兵士たちの戦意を損ねた。
手負いのブレイズの傷も、そのショックで、治癒力が落ちでもしたかのようだった。
……。
ある山の深奥。低地よりも季節の進行が早く、すでに秋本番の冷え込みで、木の葉が一部色付き始め、動物たちが冬眠の準備に取り掛かろうとしている中、ほとんどひと気のない木暗いところに、少数の人々が、寒さをしのぐ分厚い極彩色のポンチョで身をすっぽり包み、倹素に暮していた。彼等も、事情により方々に散逸したサンドラ族の一部であり、彼等の住みこむ山は、インベガに程近かった。
グラルホールドのベーラムからの折に触れての手紙がやはり当地にも届けられており、彼等は、乱世を間接的に知り、半ば恐れ、半ば軽蔑していた。
彼等はまた、常日頃、インベガの動きに気を配り、情報をまめに収集していた。
手紙に書かれていることと、よそより人々――フリッツたち、フェノバールの避難民を移入させてから、インベガが嫌に騒々しくなったことは、互いに密接に関連しているように、彼等には思われた。
サンドラ族はしばしばインベガの近くまで査察のために仲間を送り込んだが、ある日、異変を発見した。
それは、インベガの避難民―ーミアたちが、黒い鎧を纏ったいかめしい重装兵たちに監視されての山中の大移動だった。
山を神聖視し、山の土地を山の神より貸して貰って住むという山岳信仰に関して敬虔であるサンドラ族は、山頂にわが物顔で城と町を構えるインベガがやはり好かなかったが、互いに干渉するわけではなく、すみわけがうまく出来ていたので、対立は起こらなかった。
だが、『光』は、彼等にとって脅威であり、世界中を統べようとする『光』とサンドラ族は、いずれ何らかの形で敵対することが確実視されていた。
そのため、インベガの避難民が、『光』の者に連行されている光景が目にされた時、査察のために来ていたサンドラ族が、シンパシーを持ったのは、インベガの方であり、猿のように樹上より見下ろしている彼等は、情況を把握し、互いに頷き合うと、装備している毒矢の弓を構え、弦を引き、重装兵の鎧の隙間を狙って発射した。
彼等は熟達した暗殺者で、毒矢の毒も、精選された有毒植物の有機毒であり、その効力は侮れるものではなかった。
毒矢に射られた者は、即座に苦痛に呻いて卒倒し、何人も同じ格好で軌道の見えない矢に射られてバタバタと倒れていくので、まだ射られていない者は恐れを成して逃げ出してしまった。
――黒いローブの男、ザムエルは、仲間が続々と逃げ出す中、突然の出来事に動揺する避難民のそばで、しばらく身辺に意識を研ぎ澄ませていたが、やがて目標として狙われ、奈辺より毒矢を放たれた。
だが、彼の研ぎ澄まされた意識は背後からの矢の飛来を早い段階で察知し、ザムエルは、握っていたナイフに、くるりと転回する際の遠心力を乗せ、矢の鏃を弾いて軌道をずらした。
彼の目は、遠くの樹上の射手の姿を捉えた。遅くまで逃げずに残っていた彼は、サンドラ族たちの恰好の的となったが、一撃を躱した直後、脱兎の如く、俊敏に逃げ出し、あっという間に藪の中に潜り込んで、消えてしまった。
――避難民のミアは、突然のことにびっくりしたが、『光』を搔き乱してくれる存在の登場に、一抹の昂揚感を覚えた。彼女はブルブル震えつつ、怯えのせいであまり動かない目を必死に動かし、周囲の動向に気を配った。
さて、『光』とて、奇襲された程度で逃亡するわけはなく、何人かの肝の据わった者が、藪を利用して敵の位置を探って回り、持っている火器で、樹上の敵を射撃した。
サンドラ族は、やはり猿のように敏速に木々の間を跳んでいったり戻ったりすることが出来、双方の攻防はしばらく続くようだった。
その間放置状態にあった避難民のもとに、ふたりの男が駆け付け、彼等は、サンドラ族ではない、言語能力の備わった者たちだった。
「お怪我はないですか」、とやや崩れた避難民の列の端の女性に尋ねるのは、男にしては、やや髪の長い中性的なクロロ。そして反対側で、同様に心配の言葉をかけるのは、短髪のさっぱりしたオットーだった。
彼等はそれぞれ元々遠く離れたところにいたのだが、何人かのサンドラ族と共に、クロロは洞穴の族長に、オットーはグラルホールドのベーラムに、指示を下されて遣わされ、援助のために来ていたのだった。
オットーとクロロのふたりは、列の中央の方まで、避難民への声かけと共に互いに近付くと、オットーがクロロに、避難民にインベガの城までの行き方を聞きながら、先頭で誘導してくれるように頼んだ。
「どうも、避難所があったらしいんです」、とクロロ。「けど、敵の襲撃で破壊されて……」
彼によると、彼が尋ねた誰もが、意気阻喪のために山中から城への移動の道順がほとんど分からないみたいだった。
「とにかくこの場を離れ、行くしかないでしょう」、とオットー。「城がまだ無事かどうか分かりませんが、とりあえず」
「わたしが案内する!」
どこからかそう言う気強い声が聞こえて来、ひとりの少女が駆けてくる。
「あなたは?」、とクロロ。
「ミアっていいます。自己紹介はともかく、わたしは敵に連行されながら、何となく回りを見てきました。道順が、分かると思います、多分」
そう言うミアは、半ば自信満々で、半ば不安げだった。
だが、彼女以外、頼れるひとがいないわけで、オットーとクロロは、互いに顔を見合わせ、頷き合い、彼女に誘導して貰うことにした。
オットーが列の最後尾に付き、クロロとミアが、先頭に立って避難民たちを誘導するという恰好で、移動が始まった。
回りではまだサンドラ族と逃げずに残った『光』の兵士の戦闘が散発的に続いており、一同は、駆け足で逃げ出した。
子供と老人の足が遅く、最後尾のオットーはビクビクして、彼等がちゃんと場を離れるのを見届けた。幸い、敵は攻防に熱中していて避難民のことなど意に介さないようだった。
ただひとりの、怜悧な男を除いて……。
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