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――遠く彼方に、花咲く広場があった。そこでは、虫の鳴き声と、鳥のさえずりが聞こえており、インベガと『光』の争いの喧噪など、まるで届かず、静穏に包まれていた。
平らに均された下草に石畳の道の通る庭園、その中の、ポツンと佇むこぢんまりとした教会に、葉が真紅に色付いた丈の高い木々が、陰を差している。
教会の隣は、墓地となっており、やはりこぢんまりとしていて、墓石がその狭い範囲に整然と並んでいる。
「――ちゃんと、あの子らを守ってやっておくれよ」
ひとつの墓石の前に、しゃがみ込んで、目を瞑って合掌する女性が、呟く。彼女の回りでは、小鳥がピョンピョン飛び跳ねており、彼等は、彼女が何をしているのか、興味があって、近付いて見ているかのようだった。
「あの時から、もうずいぶん経つわねぇ」
彼女のやや後ろに立つ、白と黒の祭服を着た高齢の女性が、墓石を見下ろしながら、感慨を滲ませて言う――カタリーナだった。そして墓石の前にしゃがみ込んでいるのは、パン屋のメルだったのである。
「きっとすくすく成長して、大きくなってるんだろうね」、とメルは、開いた目を細め、同じように感慨深そうに言う。
「そりゃ、ここにいる時は、ただのちっちゃい子どもだったもの。だけど、あの子ら、変にたくましかったわ」
カタリーナは思い出すように、瞳を上に向けて言う。
「引き留めなくてよかったって?」、とメルが苦笑まじりに返す。
「ううん」
と、カタリーナは首を左右に振る。
「あの年齢の子どもたちを、ちゃんとした保護者も伴わせず外に出すのは、大人として失格だったのは間違いない。でも、いっしょに行ったあの薬屋のリフレは、保護者じゃないけど、ちゃんとした、信用出来る人柄だったし、何より、フリッツとミアの、旅に出ようという意志が、わたしたちの思いを遥かに上回ってた」
「そうね」、とメルは言い、立ち上がると、カタリーナに適当に花を何本か、お供え用にくれないかと頼んだ。そばにいた小鳥たちは、半ば驚いたように、半ば遊ぶように、一斉に飛んでいった。
カタリーナは聞き入れ、庭園に咲くコスモスを数本、手折って持っていった。青色に近い紫色のコスモスで、メルは受け取った時、好ましいという印象を持った。
彼女は再び墓前にしゃがみ込むと、コスモスを備えた。
「アンタがあそこで挫けずに生き続けてりゃ、どうなってたかな? ブルーノ」
――やや強い風が起こり、それは森の中の庭園まで吹き寄せ、木々はさんざめき、小鳥は風の勢いに乗って飛翔し、虫の鳴き声は一時やんだ。
「アンタの魂がまだ、未練と共にここに眠っているのなら、この風に乗って、ヒューッと飛んでっちゃいな。あの子らのいるところまでさ」
カタリーナは、優しく微笑んで、しゃがんだメルの丸い背中を黙って見つめていた。
――最近、村で不幸があった。コンラートにお迎えが来たのだ。彼は大病もせず、ある晩夏、静かに息を引き取った。彼を訪れた村の者は最初、コンラートは眠っているのだと思ったが、一向に起き上がらなかった。
彼の葬儀が、近々執り行われる予定となっている。村人は全員参加で、さぞ賑やかになるだろうが、後継者の不足した村の今後の展望を考えると、誰もが苦笑いを禁じ得なかった。
……。
グルンシュロスの城下町は、相変わらず、軍主義化の影響で、騎士・兵士が巾を利かせていて、そうでない市民は、彼等を優先することを余儀なくされ、疎ましい思いと共に、肩身の狭い生活を強いられていたが、蟻の一穴が穿たれる事件が、ある日起こった。
将官グレゴールが、ある日の町中でのパレードの最中、襲撃され、討たれたのである。
その襲撃は、あらかじめ企てられ、念入りに詰められたものであり、グルンシュロスの戦闘員が大勢参加していて、到底攻め入る余地などなかったが、知略に長けた者が集い、戦略を練った上で実行に移され、結果、うまく行った。
常日頃行っている軍事パレードなので、兵団の者たちは、今更特に警戒することもなく、すっかり油断していた。中には兜を被り忘れて参加するという粗忽者もいたが、甘やかされ、見過ごされた。
城下町は騒然となったが、グレゴールがほとんど独裁的に政権を握っていたので、混乱が生じ、その隙に、有志による政権転覆を目論む反乱軍が城下町の要所を攻撃し、各地で小競り合いが群発した。
城下町は一転して混沌となり、花屋の娘のエルマとアリサを含む、非戦闘員は全員、反乱軍に誘導され、町の端部の方へと護衛と共に避難させられた。
反乱軍には、クーデター後の執政への考えはなかったが、王フレデリックに尋問し、今後のことを彼に委ねるか、切って捨てるか、判断するつもりだった。フレデリックは、確かに城下町に異邦人を流入させ、悪政の原因を作った張本人であるが、その点を除けば、決して暗愚というわけではなかった。
強い力に屈した王である。彼が勢力維持のために頼り、関係を結ぶこととなった『光』を凌駕する力を彼にまざまざと見せつければ、彼は従順に従うだろう、そういう算段が反乱軍にはあった。
兵団には、驕りと侮りがあり、それ等が、足を引っ張った。一方で、反乱軍には、鬱屈した反感と、一縷の希望があった。反乱軍の者たちと、避難した者たちとの間では、同じ希望が共有されており、それが、反乱軍の士気を高め、『光』に冒されたグルンシュロスの兵団に対して、優勢を取らせたのだった。
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