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強すぎる力は、みずからさえ打ち砕いてしまう時がある。過剰な力が手にされた時、崩壊が始まる。分を弁えないということの罪に対し、報いは必ずやってくる。
『光』の世界統一への意欲は旺盛だった。彼等は敵を討滅することに躍起になっていた。性急で、荒っぽく、留まることを知らず、傲然と猛進した。彼等は力を力によって捻じ伏せ、吸収、統合し、勢力を増大させていった。多くの者が殺され、多くの者が屈服を余儀なくされたが、彼等には悲哀と憎悪と反感があり、支配者の圧力の中で、しぶとく命脈を保ち、時機の到来を密かに待っていた……。
――エルは陣営の方へと急いで、馬を飛ばしていた。不測の敵援軍の参戦により、小競り合いに打ち負けたエルの率いる『光』の精鋭の部隊は、エルを除き全員死に、彼は体勢を立て直しに一旦撤退しないといけなかった。
「エル様!」、と陣中の兵士が、彼の帰来を見るが早いか、駆け付ける。「お怪我はありませんか?」
「怪我はない」、とエルが馬を跳び下りて言う。「だが、おれの部隊はおれを除き、全滅した」
「何ですって!」、と兵士は愕然とする。
「どこからか援軍が現れたんだよ。チッ、ムカつく」
そうボヤいてエルは足元の小石を思い切り蹴り飛ばす。
「エル様」、と今度は別の兵士が、彼のもとへとやって来、しずしずと膝を突き、報告がある様子だ。
「何だ?」
「我々の支配下にある領土の内の幾つかにおいて、反乱が勃発しております」
「反乱だと?」
エルは眉間に皺を寄せる。
「クソッ!」、とエルは勢いよくしゃがみ込み、拳で地面を打ち付ける。「面倒くせぇことになりやがった」
「ちょうど今回の遠征のために、各所に援軍を要請したタイミングですが、聞き分けの悪い連中が、戦力を割かないと抵抗運動を起こしているようでして」
「言うことを聞かないヤツには用はない。全て叩っ切れ」
騎士の凄みのある眼差しに気圧され、兵士はうやうやしく聞き入れると、一礼してその場を離れた。
エルは思うようにことが運ばず、急激にめまいがし、また、頭痛がしてくるようだった。
「騎士様」、という呼び声がした。女の声は、男ばかりでむさ苦しく騒がしい中でも、よく通った。
エルの目の前に、リーザが立っていた。彼女はポカンと常に口が半開きで、目が遠くを見ており、心ここにあらずという感じだった。黒色のチュニックにレザーアーマーを合わせ、矢籠を背に、小型の扱いやすい弓を携行していた。
――彼女は、エルが連れてきたのだった。最初ザムエルは猛反対したが、陣中に留めて戦場には出さないというエルの説得に負け、容認した。
「リーザ」
「お顔色が優れないようですが」
「戦況が芳しくないんだ」
ふと、エルの顔に、リーザが手を伸ばし、頬に触れた。柔らかい感触が、エルの頬にし、その印象は、彼にとってやけに劇的だった。
「何をしやがる!」、とエルはいささかの戸惑いと共に娘の手をギュッと握って除けると、彼女を睨み付ける。
だが、リーザは少しも頓着せず、ずっと半ば眠っているように、ぼんやりとしているばかりだった。
「女なんて使えねえんだよ。チッ」
そう、エルは悪態を吐き、舌打ちする。彼の思いでリーザは連れてこられたのだが、やはり小姓の代りとしては、相応しくないようだった。
とにかく、彼は迅速に戦略を練らねばならなかった。時々刻々、情勢は変わる。常に次の一手を思考し、企て、実行しなければ、鈍い動きの軍はあっという間に敵に手玉に取られる。
エルは陣中の椅子に座り、テーブルの上の戦況図をザッと眺めたが、イライラが募ってまるで集中出来そうになかった。
「あぁ、もう!」
彼は長い髪をクシャクシャに搔き乱し、肩で息した。そういう彼の態度を半ば恐れ、半ば呆れ、味方の兵士、騎士は、近寄ろうとしなかった。
「騎士様」、とリーザが話しかける。彼女はエルの後に付いてきたようだった。エルは若干肝を潰し、立っている彼女を見上げる。
「戦況図を拝見させてください」、と彼女は抑揚のない調子でしゃべる。「ある程度なら、わたし、分かりますので。勉強してきましたから、ザムエル様と」
「分かるのか?」、とエルは不審がるように尋ねる。
「えぇ」、とリーザは頷く。「この辺の地勢的条件、気候、時間帯、戦いに供される各種武具の情報は事前に頭に入ってますので、現況を鑑みて、幾つか作戦の候補を挙げさせて貰います」
エルはリーザを――洗脳されて自我意識のほとんどないリーザの虚ろな目をまじまじと見つめた。リーザも、エルを見つめ返し、しばらくすると、口を、後少しで微笑もうとするかのように、一文字に結び、エルの乱れた髪を手櫛で整えてやった。今度は、エルは不服そうに声を荒げたりせず、彼女のするに任せた。
戦況図を指差し、リーザは冷静に自身の案を説き明かす。ここに軍を潜ませ、あそこにどれくらいの兵力を送り込む、等々、彼女の弁は簡明で説得力があった。傍らで聴いている参謀、軍師も思わず納得して唸るほどで、エルたちは度肝を抜かされた。
リーザの素養がそもそも高いのか、ザムエルの仕込んだ教育が奏功しているのか、まるで見当が付かなかったが、彼女の見識の高さと粛々とした作戦の概説は、その場にいる者に安心感を与え、トゲトゲしていたエルの精神は、幾分か、和らいだようだった。
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