さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第423話

***

 

 

 

 戦力を多方面より寄せ集め、インベガを包囲戦でじわじわ削ってやろうという『光』の企図は、半ば成功したものの、半ば失敗した。彼等が支配したと思っていた勢力の内の幾らかは、その意に従順に従ったが、他の幾らかは、反抗し、統率を乱したのである。

 

 

 

 藪の中に潜り込んで、忍び足で、インベガの避難民の移動にこっそりと、距離を置いて付いていくザムエルは、彼等と共に、城まで向かうつもりだった。

 

 彼はたったひとりに目星を付けていた。ミアだった。他の者はほぼ有象無象で、皆殺しにしても構わないという風に思った。避難所を襲撃した部隊の足並みがバラバラになったせいで、皆殺しが実行出来ないのが、彼には悔しかった。

 

 

 

「――あなたも、山に住んでるの?」

 

 と、ミアがクロロに訊く。彼女等は、固まって移動する避難民の先頭で並んで歩いていた。ミアたちは、サンドラ族と『光』の小競り合いより離れ、ある程度、安心出来るところまで来ていた。勿論、近くに黒いローブの男が潜んでいることには、気が付いていない。

 

 クロロはどこかはにかむように笑み、「そうとも言えますし、そうじゃないとも言えます」

 

 ミアは腑に落ちない風に、小首を傾げる。

 

「元々ぼくは、小姓だったんです。住んでいたのも、山ではなく、町でした」

 

「じゃあ、あなたは――クロロは騎士になるつもりで、誰かの側仕えをしてたのね」

 

「えぇ」、と彼は頷く。「ところが、ある事情があって、ぼくと、ぼくが付き従っていた騎士は離れ離れになり、ぼくは、サンドラ族に仲間入りすることとなりました」

 

 クロロは、自身がどういう経緯でこの場にいるのか、あまり詳しく話す気がなかった。女性との付き合いに乏しい彼は、ミアとの会話に、敵襲のために目下危地に瀕していることによるものではない、別の緊張案があったし、出来るなら、釣りが好きであることなど、そういう他愛のない話が、彼女としたかった。

 

 しかし場を弁えている彼は、ただ苦笑するばかりだった。

 

 そういう彼の遠慮を感じ取ってか、ミアはあまり話を深くまで進めようとはせず、クロロに「オットーさんと話をしてきてはいかかですか」、と勧められると、迷わずにそうすることにして、ややぐちゃぐちゃに乱れた自難民の列を最後尾まで移動した。

 

 昼に近い朝、快晴の青空が、木々の樹冠に覗いている。空気がいささか肌寒く、避難民は自然と近く寄り合った。

 

「オットーさん」

 

「――?」

 

 彼は無反応だった。何かに注意が向いていて、ミアが移動してきたことに気付かないようだ。

 

「オットーさん?」

 

「――あっ」

 

 ようやく彼はミアの存在を知り、若干驚いて目を見開いた。

 

「どうしたんです?」、とミアは、何かまずいことがあるのかも知れないと思い、眉をひそめ、小声で、顔を近付けて尋ねる。

 

「はっきりとは分からないんですが」、とオットーが、やはり小声で返す。「ぼくたち、何となく、何者かに付け狙われている気がして」

 

「わたしたちが安心出来るまで、まだほど遠いんです。敵が追ってきてるとしても、不思議はありません」

 

 オットーは、腰の短剣の柄に手を添えていて、いつでも応じられる構えを取っているが、彼は場慣れしておらず、手が汗にまみれてよく滑り、また小刻みに震えているのだった。

 

「例えば、わたしに話しかけてきた“あのひと”とか」

 

「あのひと、というのは?」

 

「わたしたちを監視する敵の中に、変わったひとがひとりいて、まず、頭がツルツルに剃ってありました。何より特徴だったのは、顔が、赤黒い、痣に覆われていたことです」

 

「痣……」

 

 オットーとミアは、潜伏しているかも知れない敵の襲撃を想像し、ビクビクしていたが、すでに解放されたムードに包まれている他の避難民の様子を見ると、その不安がバカバカしく思えてくる気がした。

 

 ミアは、その内緊張を解いてしまい、オットーの人柄を知るために、色々訊いた。オットーも、逃避を求めるように、短剣の柄より手を離すと、にこやかに彼女の問いかけに応じ、自身が城下町にかつて住んでいて、冴えない飛脚をやっていたのだと若干の気後れと共に話した。

 

 オットーの話は、徐々に、令嬢リーザと、滅びた村、ゲールフェルトの、深刻で悲しく、一切笑えない話へと、移行しようとしていたが、ふと、物音がしたかと思うと、人影が奈辺より、ふたりの前に現れた。

 

 黒いローブに、瘢痕のある顔、くぼんだ目。ザムエルが、ナイフを裏手に持って、背を伸ばして立っている。濃密な殺気を纏い、オットーもミアも、状況の急転を悟り、オットーは、腰の短剣をサッと抜き、ミアは、前方の避難民に向かって「逃げて」、と耳を劈く声で叫んだ。

 

 避難民は、喚き声や悲鳴などで騒然となり、列の形を崩して一散に逃げ出した。

 

「あなたは、さっきの!」、とミア。

 

「ザムエルと申します。はて、すでにご紹介済みでしたでしょうかね――まぁ、どうでもいいですが」

 

「く、来るな!」、とオットーは明らかに狼狽えた様子で、短剣を構えて威嚇する。「来れば、切り付けるぞ」

 

「残念ながら、あなたに用はないのです。お兄さん」

 

 ザムエルはそう言い、ひたすらミアに視線を集中した。

 

「ヒッ……」

 

 ミアは彼の視線に射ぬかれたように、怯え切り、総毛立った。

 

「ミアさん、でしたか。逃げてください」

 

 オットーとザムエルは、一定の距離を置いて対峙し、横移動しながら、オットーはミアを片腕で庇うようにし、離れるように勧告した。

 

 ミアは「お願いします」、と短く言うと、走り出し、遠回りする格好で、すでに逃げ出した避難民の後を追っていった。

 

 ザムエルは、彼女の動きをじっくり目で追い、やがて見送ると、「おやおや」、と言い、目を正面に戻した。「頼りなさそうな顔立ちと裏腹に、意外と男気がおありのようで」

 

「……」

 

 彼の挑発に、オットーは睨み付けることで仕返しした。ただの強がりだった。

 

 ――本当は、彼も逃げ出したかった。彼には戦闘の経験など皆無で、これまで、ギスギスした雰囲気に際しては、胡散臭い嘘や誤魔化しで、無血にて切り抜けてきたのである。

 

 だが、今回はそうは問屋が卸さないようだった。

 

 オットーの及び腰を、ザムエルは鋭敏に見抜き、彼を仕留めるのはそう困難ではないだろうという見通しを彼は持った。

 

 こういうジリジリした睨み合いの状況では、先に手を出した方の負けだった。手を出すか出さないかを決めるのは、根競べだった。相手の威圧感をいかに耐えるか、それぞれ試されており、しかし、どっしりと構えられていないのは、やはり、こういう切迫した状況に不慣れである、オットーのようだった。

 

 

 

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