さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第425話

***

 

 

 

 その顔を知っていると思わせる少女を乗せた馬は疾駆し、懐いていない馬を駆るフリッツは、中々思うように制御出来ず、両者の隔たりは段々、大きくなっていった。

 

 だが、少女がハッと後ろを首だけで振り返った。

 

 フリッツはギョッとし、まじまじとその、きっと知っているはずと思われる顔がよく見えるように、目を凝らしてみたが、それは、ミアのものでもなければ、マルテのものでもなかった。では、彼女はリーザなのだろうかと考えるのだが、彼女と最後に会ったのはかなり前で、フリッツの背が今よりまだ小さいチビだった頃のことであり、確証が持てなかった。

 

 知らないひとだったと、フリッツは索然として馬を停めると、なぜか少女が乗る馬も、ほとんど時を同じくして止まり、くるりと転回して、フリッツと、彼女と騎士は、対面した。

 

 決闘か、とフリッツはビクビクして思い、腰の短剣の柄に手を添え、騎士に対し、臨戦態勢を整えた。騎馬戦を彼はしたことがなく、ずいぶん気重だった。

 

 戦場である広原の内の、木々の群生する、下草のやや長く伸びた、血腥い争いを少し離れた比較的静穏なところで、彼等は対峙した。

 

 風が、長い下草を煽り、木々がざわめいた。

 

 しばらく睨み合いを続けた後、敵の馬より、少女がサッと跳び下りた。

 

 フリッツは訳が分からず、びっくりすると共に戸惑ったが、相手の騎士も同じようだった。

 

「リーザ様、何を!」、と言い、騎士は腕を伸ばし、制止する。

 

 その名前を、フリッツは聞き逃さなかった。やっぱり、彼女は既知の人物だったのだと分かり、彼は、ひとつ情報を得た。

 

 リーザは、大人びた容貌に変化しており、はっきりした成長が認められた。確かにかつて、ゲールフェルトよりグルンシュロスへ護送した頃の面影が残っているが、あるいは同名の別の者かも知れないという疑いは、晴れなかった。

 

 騎士も馬を下り、駆け足で少女に駆け寄り、肩を持って引き留める。

 

 フリッツにとって、しかし、何より気がかりだったのは、リーザの様子だった。グイと肩を掴まれた彼女は、表情を少しも変えず、どこを見ているのか、ぼんやりした瞳を、フリッツに向けている。

 

「ザムエル様のところに戻りましょう」、と騎士。

 

「あなたのこと……わたし、知ってる気がする」、と、リーザはだが、聞かずに好きなように話す。

 

「お嬢様、覚えておいでですか」、とフリッツは、混乱と動揺を抱えつつ、目の前の謎を解明しようと、対話によって試みる。

 

「貴様」、と騎士が叫ぶ。「この方をたぶらかすつもりか! 切って捨てるぞ!」

 

「シュトラウス」、とフリッツは、怯えを押し殺し、彼女が何かに気付くかも知れないと思われるキーワードを口にする。

 

 それは、彼女の父の名だった。リーザのふるさとであり、今は滅ぼされた廃村であるゲールフェルトで、彼は、麦畑と邸宅を所有し、何人もの労働者と召使を抱える、富裕な領主だった。

 

「シュトラウス……」、とリーザは、特に目覚ましい反応を見せずに、同じ名を呟いた。

 

 どういう印象が、彼女に兆したか、はっきりとはしない。だが、シュトラウスと耳にすると、彼女は、しばらくポカンとした後、憂鬱そうに、また悲しそうに、目を伏せ、どこか泣きそうに顔を歪めた。

 

 フリッツがその顔をじっと見つめていると、ふと急激に何かの接近を感知し、我に返った。騎士が、隙ありと見て、大剣で切りかかってきたのだ。

 

 フリッツは目を見開き、反射的に跳躍して避けた。もう少し遅ければ、彼は一刀両断にされていたことだろう。フリッツはひやひやし、肩で息した。

 

 落ち込んでいるかのようなリーザを背景に、騎士が立ちはだかる。

 

「ただの一兵卒ごとき、この場で片付けてやる」

 

 騎士が怪気炎を吐き、更にフリッツに攻撃する。

 

 フリッツはヒョイ、ヒョイ、と身軽に避けていくのだが、余裕などまるでなかった。

 

 彼において、なぜか今更、初めてひとを殺めた日の記憶が、まざまざと蘇ってきた。まだブルーノが存命の頃だった。何かの思惑で滅ぼされた、賊が跋扈するゲールフェルト村に忍び込もうとする際、障害だった見張りを短剣で刺し貫いたのだ。あの時の恐怖、後悔、血のにおいと色。生きたにんげんが死んだにんげんに変わる刹那の変化……フリッツは悪寒で身震いがした。

 

 だが、今は記憶に耽っている暇は皆無だった。

 

 フリッツは自分を冷血と思い込み、悪鬼の如き非常さでもって、今は相手を退治することに集中した。

 

 相手は場慣れしているようだが、大剣の振りが鈍重で、避けるのはたやすい。であれば、隙を狙って、急所を攻めれば、厚い鎧さえ無意味であり、打ち倒すことが出来る。

 

 そうだ、と誰かの声が、フリッツの耳に響いた気がした。彼自身の声ではないようだったが、とにかくその声は、フリッツを鼓舞した。

 

 相手の騎士は、怯えた様子で逃げ回るフリッツを甘く見ているようで、早い話、侮っていた。

 

 そういう彼の攻撃は散漫であり、だが、怯えの裏で、感覚を鋭敏に研ぎ澄ましているフリッツは、相手の一撃の直後に隙を見つけ、脚を絡めて転倒させると、剥き出しの喉を掻き切った。

 

 鮮血が飛び散り、騎士は即死した。

 

 返り血を浴びたフリッツは、まずは達成感を覚えたが、同時に今にも泣きたい気持ちになった。当時の思い出に残る怖さ、悲しさが、時を越えて彼に蘇ってきたようだった。

 

 フリッツはすでに何人も人をあやめてきた。戦争でのことだったが、人殺しには違いなかった。

 

 彼は恐る恐る、まだ佇んでいるリーザの方を、見てみた。

 

 あるいは彼女は怖がって、飛んで逃げているかも知れない。

 

 だが、リーザは、依然としてポカンと口を半開きにした顔で、フリッツを意味深に、あるいは無意味に、見つめているのだった。

 

 

 

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