さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

427 / 451
第427話

***

 

 

 

 山上のなだらかな斜面にあるインベガの町は、厳重に守られており、蟻の子一匹通さないという感じだった。

 

 ピリピリしている衛兵が、何かの気配を感じ取り、敵の襲来かと思って、城壁で迎撃のために張っている兵士たちに合図を送ったが、現れたのは避難民であり、彼は呆気に取られ、同時に、不審がった。

 

 なぜ、わざわざ安全な避難所を出、危うくなるかも知れない町へ、のこのこ戻ってくるのか?

 

 その疑問は、避難民の列の先頭にいる少女、ミアの説明によって解かれ、衛兵は、城門を開くように叫び、彼等を中へと促した。

 

 城門が閉じた後、別の警備の兵に、城に向かうように指示され、避難民は逆らわずに従って移動した。

 

 人々の営みのない城下町の模様は、廃墟のように生気がなく、どこか寂しく、恐ろしくさえあった。

 

 オットーとミアと、クロロは、三人で固まって歩いており、城壁の内側に来たことで、当面の安全が確保され、とりあえず緊張を解いていた。それぞれ、まだ浮かない顔だったし、汚れや疲れにまみれて相当くたびれた感じだったが、奇襲を成功させた『光』に連れ去られ、自由と尊厳を奪われるという最悪の事態を回避出来たという安堵感は大きかった。

 

「ミア」、とオットーが、誰に言うでもなく呟く。「あなたがそうなんですね」

 

 ミアはきょとんとし、「わたしのこと、ご存知なんですか」、と訊く。

 

 クロロは、彼等の話にはあまり興味がないらしく、俯き気味に、トボトボと、彼等より若干離れて歩いている。

 

「グラルホールド――わたしの住んでいる町を訪れた方に聞きました」

 

「えっ」、とミアは驚いてギョッとする。「わたしの知り合いか誰かが、そのグラルホールドという町にいるんですか」

 

「薬屋のひとです。名をリフレと言う」

 

「……」

 

 その名を耳にして、ミアは立ち止まり、オットーはいぶかしそうに彼女を振り返り、クロロも、上の空だったが、彼と大体同じようだった。

 

「懐かしいなぁ」、とミアが頬を緩めて述懐する。「そのリフレと、わたしと、フリッツとでね、昔、旅してたんです」

 

「ある程度は聞き知っています。リフレさんは、ミアさん、そして、あなたの友人だというフリッツくんのことを、大層心配しておられました」

 

 ふたりが目と目を合わせて話しているのを、クロロは、上目遣いで、やや遠慮がちに見ていた。

 

「まだ覚えててくれたんだ」、とミアははにかむように笑む。「わたしたち、フェノバールっていう町で物別れになったんですよね。リフレは新種の薬草の採取のために旅に出て、わたしとフリッツは、親なき子で、とりあえず町に根付こうっていって」

 

 ふと、警備で巡回している兵士が、オットーたちを見つけ、「おい」、と高圧的に叫んだ。

 

 三人はビクッとし、こぞって兵士の方を振り返る。

 

「お前たちも、早く城へ行かないか。呑気にくっちゃべってる余裕などないだろうが」

 

 オットーたちが、『光』との緊迫したやり取りの後で安堵しているのに対し、インベガに常駐する兵士たちは、ずっと厳重警戒のために、神経を尖らせているみたいだった。

 

 オットーたちは、兵士の機嫌を損ねないように、恭順に聞き従い、平謝りすると、早足で城へと急いだ。

 

 秋日和の空模様だった。羊雲がズラリと並び、涼しい風が、流れていた。

 

 ――ふと、大声が聞こえた。物々しい感じがにわかにしだし、オットーたちは、急ぎながら、キョロキョロした。ドン、という砲声がし、その音波による空気の震えが、微かに感じられるようだった。

 

 敵襲だ、と、三人は、口に出さずとも悟り、足取りを更に早めた。

 

 城に着き、門番に許可を得て入城すると、彼等は、皆がすでにいる大部屋へと案内され、やはり人いきれでむさくるしいそこで、座ってじっと待つこととなった。

 

 戦いの喧噪は、城の中では、ずいぶん遠のいて、ほとんど聞こえなかった。

 

 不安そうに顔をしかめているミアに、オットーがあるものを差し出す。

 

「これ、渡してくれって。リフレさんからです」

 

 ミアが受け取ったのは、革袋だった。

 

「何かしら」、と言って彼女は、袋の口を開き、確認してみる。

 

 手に取られて出てきたのは、干し草に似た、干からびた植物で、ミアは初め、よく分からずきょとんとした。

 

「薬草じゃないですか」、とクロロが口にすると、オットーが肯定で頷く。

 

「でも」、とミア。「わたし、使い方がよく分からないわ」

 

「それが分かるひとに渡してくれって、リフレさんが言ってました。消毒、消炎、強精、全部は覚えていませんが、色々と種類があるようです」

 

「分かるひとって言ったって……」

 

 ミアには、だが、思い当たる者がひとりいた。

 

「マルテ」

 

 その名を呟いた時、ミアは、ようやく彼女のことを思い返し、今回インベガの避難所が襲撃を受けたことに、この場にいない彼女が、ひょっとすると関係しているかも知れないと想像し、そして、その想像の中のマルテは、怪しむべき陰に覆われているのだった。

 

「そういえば」、とミアはその想像をいったん取りやめにして言う。「なぜ、グラルホールドにいるリフレが、わたしについて言及したんですか」

 

「それは」、とオットー。「ぼくが手紙の配達などで方々を回ると自己紹介すると、ひょっとしたら、昔の知り合いの所在を知っているかも知れない、そうリフレさんは思ったようです」

 

 オットーに対し、リフレは、ふたりの子供――今は成長しているが、当時は子供だった者のことが気になっている、と言ったそうだ。

 

 ――片方はフリッツで、他方はミアという。ふたりはまだ保護者が要るほど幼かったが、それぞれ行くべき道が違えたことで、わたしたちは物別れになった。そのことについて、些少の後悔がある。せめて、ふたりが安定した生活を送られる基盤を手に入れるまでは、わたしが面倒を見るべきだった。無責任で、申し訳ない。

 

 あの頃、短期間ではあったが、共に過ごし、共に行動した薬屋の面差しは、ミアの脳裡にきちんとくっきり残っていて、オットーの話を聞くことで、その像がまざまざと目に浮かぶようで、ミアは、懐かしい気持ちで目頭がほのかに熱くなり、また、今戦場にいるフリッツのことがにわかに心配になった。

 

 この薬草は、きっと生傷の絶えないところにいるフリッツを始めとする兵士たちのために供与されるべきだ、とミアは思った。同時に、行方を晦ました怪しいマルテを介して薬草を届けるのは、今の窮境もあり、ほとんどきっと無理に違いないとも思ったのだった。

 

 

 

***

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。