***
弧状の陣の内、『光』の集中攻撃を受けているフリッツの中央部に対して、早急に応援が要されたが、奮闘して暫時持ち堪えろという命令が本陣より下された。猛然と攻め寄せる『光』を、限られた戦力で出来るだけ受け止めることが、フリッツたちに課せられた。
フリッツは乱戦の中、何とか自身を鼓舞し、競り負けないように気力を振り絞った。銃剣を有する部隊が始め脅威と思われたが、乱戦では的が絞れず、あまり実力を発揮せず、渾然たる白兵戦に飲み込まれ、うやむやになっていた。
フリッツを始め、その他のインベガの騎士・兵士たちは、命令の通り、乏しい戦力で孤軍奮闘し、大所帯の『光』の前衛部隊を死に物狂いで各個撃破していったが、数の上で有利なのは『光』であることに変わりはなく、徐々に追い詰められていった。
身近なところで仲間が無残に討たれる様を目の当たりにし、フリッツは生きた心地がしなかったが、臆すればあっという間に命を奪われるという切迫した場面で、同情は厳禁だった。
対する敵の数が、一人から二人、二人から三人へと増えていき、フリッツたちがこれ以上持ち堪えられないという局面がいよいよ訪れた時、「今だ、退け」という叫び声が響き渡り、フリッツたちは瞬時に回れ右し、後退し始めた。
それまで激しい攻防を繰り広げ、じわじわと追い込んできていた、『光』の軍は、呆気に取られたが、仕留められる敵を逃すまいとして、背を向けるインベガの者たちを追った。
――いつの間にか、『光』の将官であるエルの姿がなくなっていることに、インベガの誰も、気が付かなかった。
インベガの試みた作戦は、偽装後退だった。戦力を分割し、後方に多い方を潜め、前方に少ない方を配置し、敵の油断を誘い、反撃して撃滅する作戦である。
その作戦は成功し、弧状の陣の両端にいたインベガの騎士・兵士たちは、陣の中央を破って前進してきた『光』を、潜んでいた伏兵と共に挟撃し、討ち滅ぼした。
「敵の指揮官がいない」
と、誰かが焦った様子で言った。
死屍累々の状態の敵兵をザッと見てみても、これといった手柄になる者はいないようだ。
「チッ。おれたちの作戦がバレてたみたいだ」
すると、物凄い勢いでやってくる者たちがおり、彼等はどうやら、本陣でブレイズと共に作戦を練っていた将官たちのようだ。
「おい、今すぐ城まで上れ!」
と、将官が鬼の形相で叫ぶ。
「『光』が迂回して山頂の城まで上っていきやがった。城には皆が避難してる。避難所にいた皆さ」
――フリッツたちは、ようやく、襲撃された避難民の消息が知れたわけだが、早くも急場に晒され、一刻の猶予もないという感じだ。城には警備程度の戦力しか配されていない。敵の本隊に襲撃されれば、ひとたまりもない。
フリッツの脳裡に、友人の少女、ミアの姿がぼんやりと浮かんだ。また、フェノバールが陥落させられる情景も、まだ記憶に生々しく、あの悲劇を繰り返させるわけにはいかないという強い思いが、彼に兆し、彼は誰よりも早く、みずからの足で走りだした。
ポツ、ポツ、と、小雨が降り出した。空においても、この戦いにおいても、雲行きは、芳しくないようだった。
……。
「山中は気が休まらない」
と、男が言った。ザムエルだった。彼は一本の木に背を持たせて座り、片膝を伸ばして片膝を曲げ、片腕は曲げた方の膝に載せて、ゆったりした姿勢でいる。
彼は他の仲間と、山中の狭いキャンプにて、次の出撃の機会まで、待機しているのだった。といっても、ゆっくり休めるわけではなく、常に、山を統べるサンドラ族の気配に神経を研ぎ澄ましていなければならなかった。
「ザムエル様」
と、彼の名を呼んで、現れる者がいた。少女だった。
「マルテ」
「毒矢の毒性が、粗方判明したので、ご報告申し上げます」
彼女は手に矢をポキッと折った、短い鏃のある先端部を手に持っている。
――確かに、この山中において、サンドラ族は地の利があり、また毒矢という強力な武器まで使い、決して侮れる相手ではなかった。
だが、ザムエルにしてみれば、彼等の攻略はたやすかった。樹上の敵に対し、彼は、瞬発的判断力は勿論、藪などに身を潜め、隠密に移動する術に長けており、『光』の多くの者が苦手とする山の部族が相手であっても、彼は引けを取らなかった。
――非人道的実験の行われたことは、ザムエルとマルテ以外、誰も知らない。ザムエルは、ひとりのサンドラ族を殺さずに気絶だけさせると、彼等の用いる毒矢の毒性を確かめるための材料にしたのである。
「――矢の傷だけならまだいいが、毒まで貰うと厄介だ」
「はい。ザムエル様」
「解毒剤をお前に作って欲しい。わたしは要しないが、他の連中は、多かれ少なかれ、被弾するに違いない。そいつらのために、必要なのだ。マルテ、出来るか」
「はい。仰せの通りに」
そう答え、マルテは恭しくお辞儀してザムエルの前よりさがる。
「フゥ」、とザムエルはため息を吐き、正面を据わった目付きで睨むように見ると、「おい」、と手近にいる兵を呼び寄せる。
「リーザの様子を見てきて欲しい」、と彼は兵を見上げて命じる。
「はっ」、と兵は恭順に敬礼して応じる。
「もし、わたしのリーザがあの賊上がりの騎士に酷使されているなら、連れ戻せ。わたしの命だと言えば、いくらあの騎士でも、逆らえまい。そもそも、アイツは導師様がなぜかお目をかけていて、重用されていたが、最早導師様はお亡くなりになったのだ。アイツの後ろ盾は、なくなったも同然」
「承知しました」
そう言い、兵はやはり恭順に一礼して下がり、山中をリーザのいるところまで移動し始める。
ザムエルは上げていた顔を下ろし、見るともなしに、正面を見る。
小雨が山林の中にまで、及んでいる。雨脚は非常に弱く、小さい雫が、慎ましく落ちてくるという具合だ。
機運が高まるまでは、まだかかる――ザムエルは考えた。
――だが後少し。後少し時間が経てば、導師様の『光』にとって、明るい展望が開けてくる。今度の戦いは、絶対の自信を持って、我々は来たのである。残りかす同然のインベガなど、山の部族どもを含む他の勢力諸共、露と消してくれる……。
***