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フリッツ、ブレイズ、ミアたちのいるインベガに、今回の戦争において、大義というべきものは特になかった。彼等は主に、自分たちの信心と自由を守ろうという意思に基いて、武器を取り、血を流し、犠牲を出した。『光』に屈するのは、今までその中で生きて育ってきた秩序や文化と訣別することと同義であり、フリッツたちは、断固として自分たちの生活を死守するべく、徹底的に抗戦した。
他方、『光』には大義があった。世の中の統一である。主導者のヨハネスは戦中に他界したが、その遺志は、彼が手をかけて育んだ部下たちに受け継がれ、部下たちはヨハネスのために奮起した。
各地で反乱が散発していたが、『光』はその実力でもって各個に鎮圧していった。彼等は時代の潮目を読み、機運を掌中に握り締めていた。彼等の振る舞いは、ややもすれば暴虐で横暴で粗野だったが、とにかく時代の流れにのっていることの勢いがあり、ヨハネスの思いで集約された力は、最早抑えることが叶わないほどにまで、強大になっていた。
インベガと『光』の戦争は、激しさを維持して続き、だが、局面の転機は、ふいに訪れた。
パラパラとしていた小雨が、後に、嵐の如き大雨に変わり、すると、火器の全てが使えなくなった。銃剣も、大砲も、全てである。
今が好機と、『光』は山をインベガの城のある頂上まで一気呵成に上り詰め、山木を伐採して得た材木を加工した櫓で、城壁を攻めた。山中に潜むサンドラ族がやはり『光』の進軍を許そうとしなかったが、ザムエル率いる精鋭が、彼等に応じた。大雨による視界の混濁や、気温の低さや、濡れて体温が奪われることは、サンドラ族にとっても不都合のようで、容易に攻略出来ないと分かると、逃げていった。
ブレイズを始めとする山の麓にいる者たちが、凄まじい勢いで城まで向かったが、すでに『光』は、櫓を利用することで城壁を越え、中に侵入していた。
インベガも『光』も、血相を変えて相手を滅ぼすつもりで互いに戦い、町には戦死者の骸が累々と積まれていった。
町の中央にそびえる城には避難民が匿われており、もし『光』に城内に侵入され、避難民がもし人質にでもされたら、インベガは、降伏するしかなかった。
――城内の避難民は、すでに『光』の来襲を告げられており、まだ城と衛兵に守られてはいるが、ほとんど袋の鼠といった格好だった。オットーもリーザも、口数が少なく、ただ固唾を呑んで、ことがいい方に運ぶことを祈るばかりだった。
クロロは――元々『光』の小姓だったクロロは、何とか橋渡し役になって、この状況を鎮静化出来ないものかと頭を抱えたが、ただの小姓に過ぎない彼などに、勝利にのみ執念を燃やす『光』が相手してくれるわけがなかった。
彼は、しかし望みを完全には捨てず、考え続けることにし、ずっと城の大部屋に他の避難民と固まっていたが、歩いてみることにした。衛兵にその旨を伝えると、あまり取り合わず、クロロは好きにしてよいという風に読み取り、大部屋の外に出た。
彼は廊下を歩き、城のあっちこっちに移動し、巡った。
彼はその内、地下室のあることを知り、そこまで続く階段を下りていった。雨の空気とは違う、ひんやり乾いた空恐ろしい空気が、階段を漂っていた。
地下は牢屋の並びになっていた。石が敷き詰められた床に、鉄格子で囲われた牢屋がズラリと並んでいる。
地下はこの世の終わりのように、ひどく暗く、クロロは一旦階段まで戻り、壁に灯っているたいまつを取ると、その明かりを頼りに地下室を中ほどへと進んでいった。
「――わっ!」
「わっ!」
ふたりの驚いた素っ頓狂な声が、ほぼ同時に、地下室に響く。
「な、何してるんですか? こんなところで、こんな時に」
と、クロロが尋ねるのは、足元で、鉄格子に背を持たせてぐったりとした感じで座るひとりの男である。彼は薄汚い身なりで、あまりいい暮らしぶりはしていなさそうだった。そばに箒が倒れているが、彼の道具だろうか。彼は物乞いなのだろうか。
「……。」
男は生気の感じられない目をクロロに向けると、特に関心を持つでもなく、目を伏せる。
「もうダメだ。おしまいだ」
と、男は、独り言めかして言う。
「掃除でもしておられたのですか」、とクロロが、箒と男を交互に見て訊く。
「あぁ、そうだよ」、と男。「けど、掃除なんてやってられねぇ。お前だって知ってるだろう。外では戦争がやってて、おれたちは後々殺されるんだ」
彼は倒れている箒の柄を持つと、思い切り遠くへと投げた。箒はくるくると回転して落ち、その衝撃で歪んだようだ。
「ちょっと待ってください」
何か気付いたようにクロロはハッとして、男のそばまで寄ってしゃがみ、たいまつでよく見えるように照らし、目線を近々と合わせる。確かめごとでもするように。
「あなた!」、とクロロ。「昔、エルといっしょにいませんでしたか?」
その問いに、男もハッとし、クロロを見つめ返す。
「そういうお前は……」
「ぼくは、クロロです」
「何だって? あのチビで甘ったれのクロロだって?」
二人とも、唖然として、自分の目を疑った。
「悪い冗談さ」、と男は手で払う仕草を見せて苦笑する。
「おれはお前なんか知りゃしない。おれはただの冴えない掃除夫で、お前は……赤の他人だ。関係なんてねぇ」
「ぼく、エルを説得してみようと思うんですけど」
「勝手にすりゃいい。おれはここで、お迎えの時をじっと待ってるさ。どの道運よく生き延びたところで、おれの生い先なんてクソったれなんだ」
「そうですか」、とクロロはあっさりと男の諦念を認めるように言い、立ち上がる。「でも、助けてくれればとてもありがたいです。昔の仲間の顔を見れば、エルはきっと懐かしがります」
「今更あの成り上がり用なんざねぇよ。まぁせいぜい頑張れ。大体、お前だって、アイツといっしょに、賊を見捨てて騎士になろうって、仲間を裏切ったんだろうが」
「……。」
クロロは表情を一転させ、哀しそうに眉を下げる。
「おれたちがそもそも互いに他人同士だっていう前提で言うが」、と掃除夫。「昔に立ち返るなんてとんだお笑い種さ。あの成り上がりだって、賊だった頃の仲間なんてとっくの昔に忘れてらぁ。変わっちまったものには、変わっちまったなりの意味があるんだよ。安易に古き良き過去に立ち返ろうとするのは、お前、まだ甘ったれてる証拠だぜ」
そうかも知れない――とクロロは思った。
彼は男のもとを去り、地下室を出、たいまつを壁に戻し、明るい廊下まで帰ってきた。
物事がこうなってしまう前に、ぼくは――とクロロは思った。
――ぼくは、エルと話し合うべきだったのだろう。すでに戦争は始まって、たくさんの犠牲を出し、エルはきっと、勝利のために躍起になってるに違いない。ぼくが説得を試みたところで、熱気と殺気を帯びている彼に響くというのは、あまり望めない話だ。
雨音が静かな城の廊下に、聞こえてくる気がする。誰かの叫びや、悲鳴が、雨音を掻き消して響く。想像される阿鼻叫喚。酸鼻を極める戦場。
クロロは、自分が一体どっちにいるのか、よく分からなくなった。果たして小姓としてエルの側にいるのか、サンドラ族の仲間として、インベガの味方としているのか……。
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