さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

437 / 451
第437話

***

 

 

 

 決着はその日の内に付きそうだった。終わりの時は近かった。そしてこの戦争の終わりというのは、ひとつの時代の終焉と嚆矢を意味することになるだろうと、誰もがぼんやりと予見した。

 

 ブレイズとエルの遺体を馬車で護送するフリッツとクロロたちは、とうとう町中に拡散し始めた『光』の者たちに見つかったが、白旗を掲げて不戦を表明し、命を保障された。

 

「だが、条件がある。武器を全て捨てろ。まだ戦闘は継続中だからな」

 

 周密な敵兵がそう言い、フリッツたちは、やむなく剣や槍や弓矢をその場に放った。

 

 そして、見張りを付けられることで、彼等は護送を続けることを許された。

 

 敵兵はふと気になって、馬に繋がれた荷車の上の、布に覆われた膨らみは何かと問うた。クロロが、エルの亡くなったことを示し、その死相だけ布をめくって覗かせると、敵兵は、特に驚きも悲しみも見せず、妙にあっさりと納得した。まるで、エルが他人であるかのように。

 

 フリッツたちの中には、敵兵に対し、その場で降伏すると白状し、戦後、敗戦者として低い地位に身をやつしたくないというおそれから、進んで『光』に移る者がいた。彼等は受け入れられ、インベガの離反者として、『光』に組み入れられることになり、別の兵に伴われ、特に惜別するわけでもなく、薄情に去っていった。

 

 だが、そんな彼等を、フリッツたちは裏切者だと非難などせず、ただ悲しい思いで見過ごすだけなのであった。

 

 彼等が路地を縫うように進み、やがて、城まで到ると、すでに『光』による包囲は完成を間近に控えており、また、ひどく強かった雨も、ややおさまりを示し始めていて、大砲が使えるか使えないか、怪しいところだったが、最早大砲を要しないほど、戦局は偏っていた。

 

 インベガの残り少ない、城の兵は、籠城の姿勢を崩さず、沈黙している。

 

「降参しろ! 我々は城を完全に包囲している!」、と前線まで来ている敵将官が叫び、あちこちで喚声が上がる。

 

 フリッツたちは、見張りに挟まれて、ただ縮こまって、開城の時を密かに待ち望んだ。最早勝利はあり得なかった。そして、ふたつの遺体の安置が急がれた。

 

 フリッツたちが、どうにかするように敵兵に強要されるまで、そう時間は要らなかった。

 

 ひとりのインベガの者が、中にいる王に直接話をしに行くと手を挙げて言い、敵兵に同伴されて、城に向かって城門を開けてくれるように叫んだ。

 

 鉄格子で加飾された木製の落とし扉が、ひとひとり潜れるくらいに上げられ、入ってもよいという示唆のようだった。

 

 インベガの兵と敵兵のふたりは隙間を潜っていき、落とし扉はズシンという重い音と共に閉じた。

 

 後は、話し合いの結果を待つばかりだった。といっても、インベガにおいて、降伏以外に手があるのだろうか。誰もが、『光』の完勝に確信を持って疑わなかった。

 

「――フリッツ」、と、彼はふと呼びかけられ、特に驚くでもなく、振り向くと、黒いポンチョのマルテが見えた。

 

「マルテ」

 

 その隣に、同じ装いの、彼女より背の高い人影があり、男のようで、ポンチョの帽子を被っていたが、彼が帽子を取ると、その容貌が露わになった。

 

「――!!」

 

 剃り上がった頭に、赤痣だらけの顔。フリッツたちは、見慣れず、さすがにギョッとした。

 

「フリッツ」、とマルテ。「一度だけ、ブレイズさんのお顔を拝見してもよろしいですか」

 

「ブレイズ……あぁ、勿論」

 

 そう彼は言い、遺体のそばまでマルテを誘導すると、布をめくって、見せてやる。

 

 マルテは、その場に膝を突いて、荷台に手を置くと、死んだブレイズの顔と水平になるくらいに目線を落とし、切なそうに目を細め、大きくため息を吐いた。

 

「――その隣に、彼が眠っているのですか」

 

 と、禿頭の男が言う。

 

 フリッツはハッとし、彼を見返すと、男は「失敬」、と続け、恭しく一礼した。「ザムエルと申します。しがない侍従です」

 

「エルのこと、ですか」、とクロロが割って入って尋ねる。

 

 コクリと、ザムエルは頷く。

 

 クロロは、フリッツたちと反対のところに移ると、布をめくって、エルの死に顔を見せた。ザムエルは腰の後ろに手を組み、悠然とクロロの隣まで近付いていくと、じっくりとエルを見下ろした。

 

 ザムエルは目を細め、何か物思うようだった。

 

「リーザ、来なさい」、と彼。

 

 フリッツはその呼び名に、またハッとする。

 

「はい」、と彼女は返事し、どこからともなく現れ、彼女もやはりポンチョを纏っており、帽子を脱いでその容貌を露見させる。

 

「君の仕えていた騎士の亡骸です。弔ってやりなさい」

 

「はい。ザムエル様」

 

 リーザはマルテのように跪き、両手を組み合わせ、俯いて、祈りの姿勢を取った。

 

「我々は全員、神職なのです」、とザムエルが説く。「誰もが生と死の真意を知り、相応しい振る舞いを学び、まごころをもって実行する。『光』は多くの人々を殺めてきた。せめてその姿勢だけは固守しなければ、世の中を本当のカオスにしかねません」

 

「あなた方の正義は」、とクロロが言う。「ぼくには、ちょっと押し付けがましくて、あまり好きではありませんでした」

 

「そうですか……エルの小姓のクロロ。少しは存じ上げておりますよ」

 

 クロロは目を驚きで見開き、ザムエルを見る。

 

「ヨハネスさんが亡くなって」、とクロロ。「彼を信奉していた彼は、ようやく解放されていくのだと、何となく思いました。でも、違いました。彼は喪失感に自暴自棄になり、敵と刺し違えて亡くなりました」

 

「エルには」、とザムエル。「信奉者が必要だったのです。そういう慕わしい者がいなければ、彼は寂しくてしようがなかったのでしょう」

 

「ぼくは、彼と友達でしたが、エルにとって、頼りなかったんでしょうか」

 

「あなたの存在はエルにとって、決して小さくなかったと、わたしは思います。ですが、彼が真に必要としたのは、尊ぶことの出来る、目上の存在だったのではないでしょうか」

 

「……」

 

 クロロはにわかに無力感に苛まれ、悲しさや悔しさが込み上げて来、目をギュッと瞑ったが、その隙間より涙が零れてきた。

 

 フリッツのそばにいるマルテも、洟をすするほど、哀感に覆われて、気の毒になるほど顔を濡らしている。

 

 フリッツは、何となくザムエルを見遣ると、ザムエルの方も、彼を、やや見下ろす格好で見返す。そしてそこはかとない気まずさを覚え、目を逸らし合う。

 

 

 

 やがて、城門の落とし扉が開きだし、今度は完全に開くようで、『光』の者たちは厚い歓声を上げる。

 

 

 

 王ギュンターは、降伏することに決めたのだろう。まだ宣言こそされていないが、そうなるという一同の確信が、場を強烈に支配していた。

 

 

 

***

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。