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インベガの降伏が何を意味するかと言えば、それはインベガの人々が『光』に服従することであり、また、その教えに帰順することでもある。
開放されたインベガの城門より、さきほど入っていった、インベガと『光』のふたりの兵に加え、王ギュンターが出てくる。
王の登場は、象徴的であり、その意味を解せぬ者は、この場に恐らくひとりとしていなかったことだろう。彼を目にし、『光』の者たちは勝利を確信して歓声を上げ、インベガの者たちは苦虫を噛み潰したように渋面を呈した。
光沢のある鎧に真紅のマントといういかにも威厳のある装いなのに、ギュンターはすっかり意気阻喪して、背が曲がり、衣装が本来帯びているはずの威厳を大いに損ねてしまっている。
ギュンターは片手を挙げ、すると、騒然としていた場が静まる。
「降伏だ」、と王は言った。「我がインベガは、最早抗戦する余力を持たない。我々の領土、物資は、『光』に潔く供与する所存である」
そこまで言うと、王は手を下ろしてガクンと跪いて項垂れ、再び、歓呼の声が上がった。
ザムエルが、にこやかにパチパチと手を叩き、控えめに祝勝の意を示している。
「大変、賢明な判断です。これ以上の継戦は無意味でした」
敗北した側のフリッツは、しょんぼりとして――けれどほんのわずかに安堵して――見るともなしに、ザムエルのそばのリーザの様子を窺った。彼女は、勝利した側にいるのだから、喜ばしい思いに口元を緩めていてもおかしくはない。
だが、リーザは俯き、憂色を浮かべている。見るばかりでは、その心情ははっきりとしないが、結局彼女も、本心で『光』に与しているわけではないのだろう、とフリッツは思った。両親を拉致し、郷里の村を破壊した組織など、到底是認されるものではない。だが、彼女をその掌中に把握する運命は、彼女の怒りや悲しみに反し、彼女を無理やり『光』に屈従するように、残酷に仕向けていったのである。
いつの間にか、平伏するギュンターの身柄を誰が縛るかという話が持ち上がり、何人かの将官が、自身の功績のため、険悪に言い争っていた。
ザムエルも城の方へと進み出たが、彼はそういう話に乗るのではなく、用事でもあるかのように、王のそばと将官たちの醜い諍いを素通りし、城内へと歩を運んでいった。
リーザとマルテが、彼の後に、特に命じられたわけではないが、付いていき、フリッツたちも、そろそろ動いても問題なかろうという判断の下、ふたつの遺体を運ぶ馬車と共に、城内に入っていくことにした。
雨は止み、だが、黒雲は空をまだ満たしている。
ザムエルたちと、フリッツたちとは、城の中で、行く方向を違えた。
フリッツは何となく彼等の行方が気になって目で追ったが、そういえば、と思い出すことがあり、それは、ミアの存在だった。ブレイズとエルの遺体の処置はもちろん緊要だが、今はむしろミア、そして彼女といっしょにいる避難民を連れてくるのが先決に違いないと、フリッツは考え、仲間たちに相談し、ひとり、大部屋の方へと向かうことにした。
城の廊下を行き、何度か角を曲がっていく。
すると、ザムエルたちが前方に見えて来、フリッツは怪訝に思う。
「おや」、とザムエルは彼に気付き、振り返る。「君は、さっきの……」
フリッツは立ち止まり、妙に緊張して押し黙るが、ザムエルに随伴するリーザが、「彼はフリッツです」、と紹介する。
ザムエルは顎に手をやり、その意を推量するように、フリッツを見据える。
「なぜ、君はわたしたちの後に付いてくるのですか」
「別に付いていっているわけでは」、とフリッツが、決まりが悪そうに返す。「たまたま行き先が同じ方にあるというだけのことではないでしょうか」
「まぁ、よしとしましょう」
そう言い、ザムエルは顎の手を下ろすと、くるりと振り返り、ふたりの少女を引き連れて歩いていく。
フリッツも、結局彼等に付いていく恰好で、歩いていく。
やがて彼等は大部屋に至り、ザムエルもフリッツも、それぞれ同じ場所に用事があるのだと分かり、俄かに敵愾心を持ち、邪推し合う。
「別に付け回すのは結構ですが」
と、ザムエルが大部屋の扉の前で、首だけでフリッツを振り返り、言う。
「わたしの邪魔だけはしないように。ご自分の立場を弁えてください。あなたは敗者であり、わたしは勝者なのですからね」
フリッツは眉を顰め、子どもっぽく露骨に反感を示す。
ザムエルが大部屋の扉の、鉄製のリングを取ると、ゆっくりと引いて開く。
「――ッ!」
突然、殺気が走り、ザムエルがヒョイと身を躱すと、男がナイフを突き刺そうとして、空振りになる。
リーザとマルテは唖然とし、ザムエルは、だが余裕しゃくしゃくとして、男の方を睨み付ける。
「あなたは、この前の」
フリッツが気になって隙間より中を窺うと、目尻の垂れた青年が、わなわなと震えて、床にしゃがむ恰好でいるのが見える。
「――オットーさん!」
と、少女の声がするが、フリッツはそれがミアのものであるとピンときて、彼は駆け出し、彼女の方へと、再会を求めて向かっていく。
「ミア!」
「フリッツ!」
ミアもフリッツを見て駆け寄り、ふたりは手と手を取り合い、見つめ合う。
「無事だったのね」
「何とかね。でも……」
フリッツは顔を曇らせる。
するとミアも同様に心配そうに彼の目を覗き込み、「でも」と、先を促すように言う。
「ブレイズが死んだんだ」
「えっ……」
ミアは絶句するが、部屋にいる避難民にも、ブレイズの死が伝わり、にわかにざわつく。
ザムエルを不意打ちで殺そうとした青年オットーは、インベガの敗北を悟り、しゃがんだ姿勢で愕然とし、抜け殻のようになる。
「オットー?」とリーザ。
彼女は彼のそばに寄ってしゃがみこみ、「ねぇ、あなた、オットーなの?」、と問いかける。
「そういうあなたは……」、とオットーはぼんやりした目でリーザを見返す。「あぁ、わざわざおっしゃらないでも分かります。リーザ様ですね。お懐かしい限りです」
「まさか、こんな形で再会するとはね」
リーザは微笑むが、どこか悲しげだ。
マルテは、いやに冷めた目で、リーザとオットーを見下ろしている。
――ミアと喜ばしい思いで見つめ合っているフリッツは、急に彼女の目がギョッとしたように見開かれるのを見ると、サッと後ろを振り返り、そこには、ザムエルがいつの間にか、立っているのだった。
「わたしは、君を探していたのですよ。まだ名を聞いていませんでしたが、彼、フリッツが教えてくれました。ミアというのですね」
教えてもない名を呼ばれ、ミアは鳥肌が立ち、フリッツは、彼女の怯えを敏感に感じ、ザムエルに敵意を抱く。
「ミアに、何か御用ですか」
「えぇ。ありますとも」、とザムエルは深々と、にこやかに頷いて見せる。「ミアさんの明るい知性を見込んで、ぜひとも『光』へといざないたくてね。もっとも、戦いに破れたあなたたちは、『光』に入信するしか道はないのですが」
「ミアは」、とフリッツが片腕で庇うように、彼女のそばに身構えると言う。「あなたに気を許してはいないようです。彼女は、わたしの大切な友人です。怯えさせるような真似はよしていただきたいものです」
「あなた方ごときに主張出来る権利など、あるというのですか。この負け犬どもが」
ザムエルは表情を一転させ、口を歪め、三白眼でふたりを射るように睨み付ける。
「……!!」
フリッツは、ナイフを取り出して構える。
ザムエルも、同様にナイフを取り出して、ふたりは、決闘のように、対峙する格好になる。
「邪魔だけはするなと前もって言っておいたのに。これだから子供は嫌いなんです。勝手が過ぎて」
ザムエルは、少しずつフリッツの方ににじり寄って来、フリッツは、その殺意に気圧されて、同じくらいの歩幅で後退りする。
一触即発。ヒリつくくらいの緊張感が、大部屋全体に満ちた。
ふたりの対決を、マルテが見、ミアが見、オットーが見、リーザが見、避難民が見た。皆、固唾を呑んで、行く末を見守り、この後間もなく起きるであろう血なまぐさい出来事に、心を備えた。
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