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「兵士になんてなるもんじゃないぜ」
ブルーノの父は、彼との割と珍しい、機会の頻繁でない話で、決まってこう言うのだった。
まだ幼かった彼には、将来の仕事のことなどてんで想像もしなかったが、父により繰り返されるそのメッセージは、彼の記憶に、しっかりと残り、保たれた。
「ひとを殺めるのが商売だなんてどう思う? 大義がある戦争なぞそうない。平和が続きゃ、商売あがったりだ。だから無理にでも口実を設けてやらなくちゃならない。おれらのやってる戦争はたいてい醜悪で愚劣なものばかりだ。時には恐怖で支配するために敵兵を見せしめになぶったりするし、金銀財宝を求めて略奪だってする。綺麗な仕事なんかじゃない。決してひとに自慢できるような仕事じゃないんだよ」
ある日、幼年のブルーノは村を覆う森へ入った。明るい時分だった。
そこで彼はある木に目を奪われた。蜘蛛の巣が張っていて、その主である被毛のある大きめの蜘蛛が、そこに引っかかった美しい蝶を貪っているのだった。蝶はすでに絶命し、恐ろしいほど硬直して、蜘蛛は長く多い脚で餌をがっちりと、もはや愛おしがるように拘束し、肉厚なその腹部を鋭い牙でガツガツと侵しているのだった。
その光景を無言で眺め、ブルーノはなぜか、その印象が父の話と妙に符合する気がした。
父は戦争を商売にし、従軍している。時には心理的作用を求めて惨殺するし、時には金目のものをほしいままにする。
父がそうすることで自分と母が食べていけるのだと考えると、何か自分の公正性を支える道義的根拠がぐにゃりとやわく折れ曲がってしまう気がし、彼はあまり考えないようにした。人殺しにじぶんが生かされているということを突き詰めて考えれば、やがて胸が悪くなると、彼は察していたのだ。
ひとがひとを殺し、蹂躙し、なぶり、尊厳や、権勢を
それは、今彼が見ている蜘蛛と蝶の関係のように、絶対的な悲惨さ、酷烈さがある。
だが、いたって自然なことではないか。蜘蛛が凶悪で、蝶は美しく儚い。だが、蝶を救うことにどういう意義があるだろう。蝶は蜘蛛に食われる。そういう運命だ。
世の中には、蝶のようなひとがいて、一方で、蜘蛛のようなひとがいる。彼らの間で殺戮や簒奪が起こる。それだけのことだ。
兵士になんてなるもんじゃないぜ――
父の言葉。核心を変えず、間を置いて繰り返されるメッセージ。
蜘蛛は、果たして悪者なのだろうか?
生きるために、必要なものごとがある。食べることがまずそれだ。
食べるということは、何かを殺すことだ。
あぁ、そうだ。
ブルーノは一人、納得した。
蜘蛛は生き物をやめてただの餌となった蝶をずっと貪婪に貪っている。
だが、父の言葉は、何か絶対的でない、どうにも始末の悪い感情が含まれている。彼はそれが何となく分かった。
生きることが必然的に持たざるをえない峻酷さと、その峻酷さを拒否なり中和なりしたいというためらいや抵抗との間を激しく揺れ動く温情的な感情だ。
蜘蛛の食事は長く続きそうだった。
ブルーノはもういいやと飽きたように、森を出口へと歩いていった。
彼の目蓋には、死骸となった蝶の生気のなくなった虚無に覆われた複眼が、微かな畏怖の念と共に焼き付いていた。