さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第440話

***

 

 

 

 ナイフで刺されて倒れたザムエルの傍らで、マルテは悪寒に襲われ、気が遠くなったが、やがて我に返ると、まだ生きている彼の傷の処置のため、頭脳をフル回転させた。

 

「薬、薬が必要です! 誰か持っておられませんか!」

 

 マルテはそう叫んで求めた。

 

 フリッツもオットーも、都合よく薬なんか持ち合わせている者がこの場にいるはずがないと、諦観して沈黙していたが、ミアが手を挙げたことで、彼等は呆気に取られた。なぜ、服屋の娘に過ぎない彼女が薬を所持しているのか、皆目見当が付かなかった。

 

「わたし、持ってる」

 

 ミアはそう言い、手を下ろし、マルテの方へと歩み寄っていく。

 

「助かります。ミアさん」、とマルテ。ふたりは自然と睨み合い、ピリピリした雰囲気に包まれる。

 

「マルテ。あなたが裏切者だってことは、分かってる。そのひとだって――」

 

 ミアは、瞳をうつ伏せに倒れているザムエルに向ける。

 

「――わたしにとっては、わたしを脅かす迫害者でしかない。けど、彼はとても賢いんでしょう? なら、これから新しい秩序のためにたくさん働いて貰わなくちゃ。その傷を克服して、生き延びて、ね」

 

 ミアは、革の袋を差し出す。

 

 マルテは、袋を受け取る。

 

「ありがたく頂戴します」

 

「何の薬が入っているかは、わたしには分からないから、ちゃんと確かめてね」

 

 マルテは袋の口を開き、中を漁りだした。そして中の薬草より効果のあるものを吟味し、同種の葉を複数取り出し、処置し始めた。彼女のそばに、リーザとオットーが駆け寄り、彼等はマルテを手伝うようだった。

 

 ミアはそこはかとなく満足げにその様子をしばらく見ていると、後退りし、フリッツの隣へと戻った。

 

「いいのかい」、とフリッツ。「元気になったら、彼はまたきっと、君を誘惑しに来るよ。それに彼は、君の両親の仇なんだしさ」

 

「だいじょうぶ」、とミアは即答する。「だってわたしは、旅立つつもりでいるから」

 

「旅だって?」

 

 フリッツはびっくりして聞き返す。

 

「どこへ行ったってムダさ。『光』は今回の戦争の勝利によって、覇権を握ったんだ」

 

「そうかも知れない」、とミアはしゅんと目を伏せて言う。「けど、わたしには耐えられないの。わたしの両親と生活を奪った連中の作る世界で生きていくなんて」

 

「ミア……」

 

「ひとりでも行くつもりよ」

 

 フリッツは悩むように眉を顰めると、「分かった」、と小さい、納得が行かないという感じの声で返事した。「けど、その前に、ブレイズたちをどうにかしなくちゃ。ぼくらは戦争に負けたんだ」

 

 ミアは頷き、フリッツと彼女は、大部屋を出、クロロを始めとした、別れた仲間たちのいるところに移動することにした。

 

 まず城外の厩舎を見に行き、馬車の停まってるのを確認すると、城内に戻り、あちこち駆けまわってクロロたちを探した。

 

 やがて彼等のいる部屋に、フリッツたちは辿り着いた。

 

 扉を開くと、中の者が一斉にフリッツたちを振り向く。

 

 部屋は石の壁と床で成っており、中央の広い台に、ブレイズとエルの遺体が安置され、クロロたちは、台を囲んで立っている。

 

「フリッツさん」、とクロロ。

 

「ごめんなさい。遅くなっちゃって」

 

「ミアさんもご一緒でしたか。オットーさんは?」

 

「オットーさんは、今ちょっと、用事で忙しいです」

 

「そうですか」

 

 ミアとクロロが知り合いなのだとフリッツは初めて知ったが、特に驚かずに受け入れた。

 

「すでにふたりの体は清められ、新しい服を着せられて、こうして安置されています」

 

 そう説明し、クロロは手で台上を示す。

 

「弔いの儀を執り行いたいのですが、やっぱり『光』のやり方には則りたくないんですよね」

 

「あなたの騎士は、でも、『光』のひとでしたよね」、とフリッツ。

 

 コクリとクロロは頷く。

 

「これは、ぼくの希望というか、わがままです。エルは生前、『光』の騎士として最期を遂げたいわけではなかったんじゃないかと、ぼくは思うんです」

 

「ブレイズは間違いなくそうです」、とフリッツ。「彼は『光』を打ち滅ぼすために精力を尽くしていましたから」

 

「けど」、と誰かが口を挟む。「どの道、ふたりの体はこの地に埋められるんだろう? で、この地は戦争の結果、『光』のものになった。なら、おれたちは『光』に忠実に従って、そのやり方に則るべきじゃないか?」

 

 ……。

 

 重い沈黙が一同に下り、そうせざるを得ないだろうという悲観が全員を包み込むようだった。

 

 フリッツは、ふとブルーノのことを思い返した。彼だって、ふるさとを出、ふるさとではないところで絶命し、そこに埋葬された。老いたコンラート、尼僧のカタリーナ、そしてパン屋のメルのいる山中の村だ。

 

 彼が彼自身の死に対し、何か希望とか、熟慮とか、理想があったかどうかは分からない。だが、落ち着ける場所のようだったという印象は、フリッツの中にあった。花咲く庭園のある、村の外れのこぢんまりした教会

 

「儀式のやり方は、別に問題じゃありません」、とフリッツが、誰に言うでもなく呟く。「問題は、亡くなったひとの魂が、きちんと安らげる場所を用意されたかどうか、ただそれだけです」

 

 すると、そこにいる者たちの中に、頷く者がおり、そして、彼等の納得する様を見て、他の者が続いて頷き、最終的に、クロロだけが、悩みを捨てられずに残った。

 

 しかし、彼もやがて、「そうかも知れません」と、消極的ではあれ、同意する意思を示し、結局、ブレイズとエルの遺体は、インベガの教会墓地に、『光』の様式に即して葬られる運びとなった。

 

 新しいチュニックを着せられて、どこか窮屈そうに横になっているブレイズの額の辺を、フリッツが指で触れる。すると、すでに体温はなく、このひんやりした石の部屋の中で、冷たくなっている。

 

 ブルーノを亡くした時の喪失感が、彼の時と同じように、またフリッツを襲う。だが彼は、今度は泣かずに、目をギュッと瞑って俯くと、小振りに頭を左右に振り、目を開き、強い眼差しで、ブレイズを睨むように見下ろす。

 

 ミアが、彼の感情を察して肩に寄り添って来、フリッツは彼女の温かみがとてもありがたかった。ブルーノとブレイズを失った。だが、ミアがまだいる。その意識が、ズンと落ち込みそうになっているフリッツを励ますのだった。

 

 

 

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