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戦争によって、インベガの町のあちこちは損壊し、だが、戦争が終結し、荒っぽい空気がすでに過ぎ去り、インベガは、無秩序というほどひどい様相を呈しているわけではなかった。
ただ、インベガは、旧来の在り方から新しい在り方までの過渡期にあり、そういう意味では、不安定で、人々は思案に暮れ、どうすればいいのかという悩みに時間を費やした。
インベガを征服した『光』によって、新しい秩序や生活様式が打ち立てられることになるのだろうが、まだ確たる道筋は示されていない。
フリッツたちは、ブレイズとエルの葬儀のため、聖職者を求め、その辺にいる兵士に尋ねて回った。だが、インベガに『光』の聖職者はおらず、いるのは戦闘員ばかりのようで、葬儀のことなどさっぱりだと一蹴され、まともに取り合って貰えなかった。そもそも、フリッツたちは後に『光』に服属することになる敗北者であり、優先順位が低かった。
猶予はそうあるわけではなかった。遠くから聖職者がインベガまでやってくるのを待っていたら、遺体が傷んでしまうだろう。フリッツたちは、その日の内に、しかるべき手続きを済ませてしまいたかった。
「こうなったら、葬儀は自分たちでやるしかないんじゃないかしら」、とミア。
フリッツたちは、聖職者探しを断念し、遺体の安置された部屋に戻ってきていた。
「そうかも知れない」、とフリッツ。「『光』のひとたちを当てにすることはあまり出来なそうだ。みんな、この町をどう治めるかという問題に夢中で、他のことには全然気が回らない」
「誰か、葬儀の仕方を知ってるひとはいるんでしょうか」
クロロがそう誰にでもなく問いかけるが、その場にいる者全て、目を伏せて自信なさげに黙っている。
「土に穴掘って埋めてやりゃ、それでいいんじゃないか」、と誰かが投げ槍に言う。
だが、他の者たちが憮然と黙りこくったのを見て、彼は自分が失言したようだと悟り、反省するようにシュンとする。
そうだ。葬儀は、やっつけ仕事ではいけないのだ。インベガに、これから真新しい秩序が誕生することになる。そして敗者であるフリッツたちは、その中に組み込まれていく。この戦争で命を落とした尊いふたりの命を弔うという儀式をきちんと執り行わなければ、新しい局面に向かうことは叶わないのだ。
「けど」、とクロロ。「戦死者は、エルとブレイズさんに限らないんです。どうせなら、他のひとたちとまとめて出来るといいんですけど」
中々いい解決策が出ず、フリッツたちの話し合いは滞った。
本来であれば率先して動くべきである『光』の上官たちは、未だにインベガの統治における順位を巡って醜い権力争いに没頭しており、まるで当てにならない。
「墓地に行きましょう」、とフリッツが提言する。「ぼくら自身で完結させましょう」
「フリッツ……」、とミアが心配そうに彼を見つめる。
「きっと大丈夫。あの村でカタリーナさんが、ブルーノを弔ってやってくれたのと同じようにやればいいんだ」
フリッツは、「ちょっと見てくる」と言い、部屋を出ていった。そして彼は城を出、すでに日没の時であると、空を覆っていた黒雲の隙間に見える紅色を見上げ、悟った。
ひどく寒かった。湿り気を帯びた夜気が、山々を這うように吹いているようだった。
フリッツは自身を抱いて身震いし、城を首だけで振り返り、塔を覆う暗い陰翳を見上げると、正面に向き直り、パッと駆け出した。
フリッツは街路を行き、中央より、外縁へと移動する。屍がその変に転がっており、彼は痛ましいという思いに苛まれる。走っていく彼を見て、呼び止める敵兵がおり、敵兵は何をしているのかと尋問し、フリッツがじれったい思いで墓地に向かっていると、敵兵は訳が分からず嘲笑するのだった。フリッツは悔しさでその頬を張ってやりたかったが、グッと堪えた。
町の一隅に、両側を柵に挟まれて、アーチ型の石の門があった。その向こう側が、墓地になっていた。
フリッツは門を潜り、墓地に入っていった。雲間より、橙色の夕陽が、下草の生える地面に差していた。
すでに暗い時分、本来であればゾッとする環境だが、ブレイズたちの最期に相応しい場所を真剣に探しているので、まるで気にならなかった。
インベガの墓地を、フリッツは初めて訪れたのだったが、山中にひっそりとしてあったカタリーナの教会の墓地と比べると、やや質素のきらいがあり、見劣りするようだった。カタリーナの教会の墓地が庭園だとすれば、インベガの墓地は飾り気のない、ただの広場に近いものであった。
星々の瞬き始めた、濃紺に覆われようとしている夕空の下、フリッツは墓の間に立って、彼方を眺めた。
墓地の終端は、壁がなく、遠望が出来るようになっていた。簡単に足場が加工されているだけで、足場の下は、剥き出しの斜面となっている。
寒風に晒され、ひどく寒かったが、フリッツの目には、墓地の終端から景色は壮観だった。橙色の残照に照らされた冠雪した連峰が、樹木の群生の彼方に見える。
フリッツの心は、すでに決まっていた。結論が出ない話し合いの中で、ブレイズたちが、このインベガの墓地に眠らざるを得ないことは、ほとんど自明のことだったし、皆、しっくりしない顔だったけれど、おおむね同じ心境であることを、フリッツは薄々感付いていた。
ふたつの成人の遺体をインベガより運び出し、この山の斜面を下りるのは難儀だったし、時間的制約があったし、外部に相応しい墓地があるという保証はなかった。
フリッツたちと故人の意思がどうであれ、葬儀は理想ではなく、現実的認識に則って粛々と執り行われなければいけないものだった。
ふと、連峰の更に向こうに浮かぶ厚い黒雲が裂け、低い小さい夕日がその姿を露わにし、眩い夕日が、フリッツの目をショボ付かせた。
美しい夕焼けが、眩んだ視界にぼんやりと見え、振り返ってみると、フリッツは、夕陽と同じ色に染まる白い墓石の並びと、その向こうに伸びる影法師を見た。そしてよくよく見てみると、下草に混じって、そこに自生していると思われる淡い藍色の花が、可憐に笑っていた。
ここでいいのだと、フリッツは確信を持って思った。
――亡くなったブレイズも、エルも、きっとこの地で、その魂を静謐なる永遠に委ね、その身を天上まで高く飛翔させることが出来るに違いないと、そういう風に。
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