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わたしとミアが、コンラートさんとメルさんにそれぞれ世話になった、山中の辺境の村――というよりはむしろ集落――に向かういくつかの目的において、主たるものとしては、わたしがブルーノの墓参りをしたいから、というものがあった。わたしの身の回りでたくさんの出来事があり、時代も、自分も、大きい区切りを越えたことで、人生の新しい局面に立ち、分岐点に達したことの自分自身に対するの確認の意味のある振る舞いが、何らかの形でしたいと欲したのである。ミアは賛同してくれたし、あわよくば、集落でしばらく暮らせればいいという風にも考えて、わたしたちは歩を進めていた。
――しかし他方で、やはりこの世界にわたしたち、はみ出し者のいるべき場所は残されていないのではないか、残されているとしても、『光』によって遅かれ早かれ侵略されるだけの儚い場所ではないか、という不安が常にあった。
わたしたちは、半ば期待し、半ばおそれ、平原を抜けて山中に入り、秋が深まって落ちた栗の毬を拾いながら、草木のはびこる中を苦労して進んだ。
ひと気は絶えてなかったが、元々そういう環境だったので、特に奇異に思うことはなかった。
やがて、わたしの記憶が、半信半疑に示す木立までわたしたちを導き、その木立の中の下り坂をくだっていけば、集落に至るのだった。
だがしかし、長旅の末にようやく目的の地に着いたという喜びは、ぬか喜びだった。
そこには、確かに集落があった。だが、荒廃した雰囲気を濃密に帯びており、ひと気がなかった。まず、建物の損傷がひどく、しかし、古びてダメになったというのではなく、屋根に大きい穴があいていたり、壁が不自然に崩れていたりし、人為的に破壊されたことがほとんど明らかだった。
「どうして……」
わたしは力が抜け、膝をガクンと付いた。
「ひどい」
隣にいるミアは、手で鼻と口を覆うようにし、彼女もショックを受けているようだった。
「『光』の仕業、なのかなぁ」
「他に考えられないけど」
わたしは更に地面に両手を突くと、眉をひそめて拳で地面を殴り、ゆっくりと立ち上がった。
「ここは、ぼくらの来るべきところじゃないっていう、ことなんだろうか」
「だとしたら、運命は残酷ね」
「教会に行こう。教会は離れたところにある。ひょっとすると、損なわれずに残ってるかも知れない」
「分かったわ。フリッツ」
わたしたちは互いに頷き合い、今来た村を出、移動することにした。
心細さが、わたしたちにおいて増してくるようだった。居場所を求めれば求めるほど、世界はどんどん局限されていき、わたしたちの身は、ゆっくりと底なし沼に沈んでいくかのようだった。
わたしたちはやがて、小鳥のさえずりの聞こえるしっとりとした雰囲気の森の広場へとやって来、そこは、わたしたちが覚えている様相で、花咲く庭園があり、泉が滾々と湧いていて、こぢんまりした教会があった。
「教会は無事みたいね」、とミア。
「村とは別のところにあったお陰で、襲撃されなかったんだろうね」、とわたし。
死んだようにひっそりした廃集落とは違って、この庭園とその中に佇む教会は、何か神聖なる力の加護でも受けているようで、慎ましい在り方ではあるが、依然として命脈を保っていた。
破風屋根の木造の教会の扉をノックする。すると、返事はなかったが、しばらくして扉がゆっくりと少しだけ開き、中よりひとが顔を覗かせる。
「どなたですか」、と聞くその声は、ひどく怯えていた。
真っ白の髪の毛と、黒い祭服の女性。間違いない。カタリーナさんだ、コンラートさんと友人だった。
「わたしたち、旅人なんです」
と、ミアが哀訴するように言うが、カタリーナさんは、警戒を中々解かないし、かつて会ったわたしたちを、ほとんど忘れ、初対面同様の応対だったので、わたしたちはひどく寂しい気持ちになった。
「――アンタたち!」
と、扉の奥の方でカタリーナさんではない女性の、やや鋭い声がする。
「メル! あなた」、とカタリーナさんが驚いて振り返るが、女性の強引さに、引っ込んでしまった。
メルさんというと、あのパン屋の女性だ、元は山の部族の一員だったという。
彼女は、少ししか開いていない扉を広く開け放った。
「アンタら、ひょっとして、前、村に来た子たち?」
「メルさん!」、とミアが感激した様子で、彼女に抱き付きに行く。「わたしです。ミアです。以前お世話になった」
「あぁ。覚えてるよ」、とメルさんは、キツく抱きしめてくるミアをどっしりと受け止め、その背中をポンポンと安心させるように叩いてやる。
「アンタは、フリッツだね」、とメルさんがわたしの方に目配せして言う。「久しぶり」
わたしは嬉しさと照れ臭さで、ぎこちなく頷く。
「あなたたちは……そうか、思い出したわ」
カタリーナさんがメルさんの背後で、茫然とわたしたちを見る。
「忘れちゃっててごめんなさい」
彼女はわたしに前まで歩み寄ってきて、陳謝する。
「年月の隔たりはあるけど、村への訪問者は少ないの。まして、あなたたちはとても印象に残る子たちだったわ。大きくなったわね。おかえりなさい」
カタリーナさんは、おもむろにわたしの手を取ると、両手で柔らかく包んだ。
カタリーナさんたちには、わたしたちは、色々と聞きたいことがあった。集落が壊滅しているのはとてもショックだったし、その詳細に関して彼女等に質問を浴びせたいという焦燥感があったけど、とにかく今は、かつての思い出の土地が、かろうじて一部だけ残存していたことが分かり、長い緊張と不安がようやくほぐれた喜びがまさっていた。
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