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廃集落の外れの教会を訪れたわたしたちを、カタリーナさんとメルさんは歓迎し、中に招じ入れてくれた。
互いに再会の喜びを分かち合ったものの、どこからともなく、陰気臭い空気が漂って来、テーブルを囲むわたしたちを包んだ。
誰もが重々しくギスギスした感じを纏い、だが、痺れを切らしてか、カタリーナさんが渋々口を開いた。
「せっかく来てくれたけど、村はもうダメになっちゃった」
「来た時に見て、勿論びっくりしましたし、悲しくもありました」、とわたし。
「一体何があったんですか」
と、ミアが誰にでもなく問いかけるが、わたしとミアの推測と、カタリーナさんとメルさんの知っている事実とが共通していることは、何となく分かっていた。
「『光』の仕業さ」、とメルさん。「ヤツら、襲撃したんだよ。ついこの間のことさ。思い出すだけで忌々しい気持ちになる」
メルさんは険相で、呪うように言う。彼女によれば、彼女がワンマンで営んでいたパン屋も、漏れなく侵略者の攻撃を受けて破壊され、今はただの残骸でしかないみたいだ。集落の住民は拘束されて拉致され、頑なに従わない者は殺された。
「でも」、とカタリーナさん。「彼等は、村にしか目をくれず、お陰でわたしの教会は見逃された。本当に、神が守ってくださったのだと思うわ」
そう言って、尼僧は胸に両手を組むように重ね、上方を仰ぎ見る。
「ところで、コンラートさんは……」
と、わたしは気になって尋ねる。すると、カタリーナさんは胸の手を下ろし、慈悲深い笑みを湛え、「コンラートは、亡くなったわ」、と教えた。
わたしは愕然としたが、前に世話になっていた頃でさえ相当の加齢が見られたので、コンラートさんがすでに天寿を迎えていても、不思議はなかった。
「そうですか」、とわたしは懐旧の念や哀弔の念と共にしみじみ返す。「再会出来なかったのは、惜しいことです」
ミアも、口を噤んでいたが、往時を顧みてノスタルジーに浸っているようだった。
「お墓に参っていきなさい。コンラートのお墓と、後、あなたのよく慕っていた彼の」
カタリーナさんの勧めに、わたしはブルーノの像を思い浮かべ、「はい」、と答え、ミアと共に立ち上がると、彼女とふたりきりで移動することにした。
教会を出、隣接する墓地まで行く。教会のすぐそばに生える高いクヌギの木が、秋の寒さに葉を色付かせ、木陰にはすでに落ち葉が散らばっている。
わたしたちは、墓石の正面に並び立って、そこに刻まれた死者の名を見下ろした。ブルーノと、コンラート。ふたりの墓は両隣になっていた。
「不思議ね」、とミア。「こうしていると、昔村にいた頃の記憶がどんどん蘇ってくる」
「亡くなったひとを前にすれば、おのずと思い出というのはわいてくるものさ」
そう言ってわたしはしゃがみ、合掌して瞑想する。自分で口にしたように、ブルーノの墓石の前にいると、自然と目くるめく回想が巡り、ブルーノとの出会いや、彼との旅路や、彼の痛ましい最期などが、あるいは楽しく、あるいは悲しく、振り返られた。
――結局、『光』を討つという彼の遺志を果たしてあげることは、叶わなかったことになる。相手は強大だった。精神的にも、また物的にも。後ちょっとで拮抗出来たかも知れないけど、時代の機運に恵まれたのは、わたしたちではなく、新しい神とその教えを信じる者たちであり、彼等が新時代の担い手となるのだった。ごめんなさい。だけど仕方ないよね、ブルーノ。
目を開くと、隣では、ミアがわたしと同じように瞑目して合掌し、コンラートさんの墓に向かっていた。
コンラートさん……もし、わたしがあの時旅立つことを断念し、彼の介助役として集落に居着いていれば、違う風になっただろうか。集落に来て、ブルーノが単独行動に出、まだ幼い子どもに過ぎなかった、置いてきぼり同然にされたわたしたちを温かく守ろうとしてくれたのが、コンラートさんだった。わたしは彼に対して恩義があった。その内の幾らかは、当時すでに返報出来ただろうが、足りない分は、結局返せずじまいとなった。
「――アンタたち」
と、背後より呼びかけの声がし、わたしとミアは揃ってハッとして、振り返る。
メルさんとカタリーナさんが立っていて、わたしたちも、しゃがんでいたところ、立ち上がり、彼女等と対面する。
「アンタたち、これからどうするの?」
「ぼくたちは……」
わたしは言い淀み、少々悩んだ。はじめ、しばらく暮らしていこうという企てがあったものの、この集落の荒れ様を見ると、環境としてはあまりよくなかった。別の、よりよいところがあるという気が何となくした。
ミアに目配せすると、彼女も不安そうに頷き、わたしは、「また旅に出るつもりです」、と言葉を繋いだ。
「旅に?」
と、カタリーナさんが、心配するように、眉を下げて聞き返す。
わたしはコクリと頷き、「行くべきところがあるんです」、と伝える。
「そっか」、とメルさんが、寂しそうに呟く。「せっかくまた会えて、出来ればいっしょにいたかったなぁ。特にフリッツ。アンタが残ってくれれば、唯一の男手になるしね」
わたしは、彼女の期待に応えられず、間が悪く苦笑いをこぼすばかりだったが、メルさんは、「まぁ仕方ないね」、と最終的には納得してくれたようだ。
「またおいでよ。この教会は、きっとずっとだいじょうぶのはずだから」
「そうね」、とカタリーナさん。「それに、コンラートとブルーノのお墓があるんだもの。きっとまたフラッと立ち寄ってくれるわね?」
「えぇ、勿論」、とミアが笑顔で返す。
――そういうわけで、わたしとミア、そしてメルさんとカタリーナさんとは、物別れになった。
早くも去るのかと寂しい思いで、旅立つ前にわたしは、いつまでもブルーノの墓のそばを離れず、彼に向けて、滔々と心の中で語り掛けていた。
結局、母を亡くしたわたしをブルーノが旅にと連れ出してくれた郷里であるメンドンに、わたしたちは帰ることにしたのである。
花咲く庭園は美しかった。わたしとミアはそれぞれ、教会と、教会にいるカタリーナさんとメルさんへの未練を、断腸の思いで振り切って、次なる道筋へと足を運んだのだった。
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