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カタリーナさんたちと別れた後、体力と路銀の許す限り、わたしとミアは、方々を巡った。とはいっても、わたしたちは、ただ彷徨するためだけに彷徨するのではなく、メンドンを目指す上で、なじみの土地に寄って様子を見ていこうと思ったのだ。
山中の廃集落を去ると、まずわたしたちは、グルンシュロスに向かった。街道によってよそと繋がれた、大きい都市だった。名家の令嬢リーザをゲールフェルトより護送したところである。
廃集落に残っていた、元は家畜だったが、飼い主が不在になることで、その処遇が悩まれていた馬が何頭かおり、わたしたちは、カタリーナさんに勧められて、一頭その世話を引き受けることにした。馬を手に入れたお陰で、わたしたちの移動が一気に楽になり、わたしたちは感謝を惜しまなかった。
日に日に深まっていく秋の短い日脚は、安全に移動できる時間を短く制限したが、馬はわたしたちふたりを乗せ、臆せず進んだ。途上、賊と出くわすことがあったが、同じ局外者として、彼等に同情が湧いたのが、奇妙で仕方なかった。
やがてわたしたちはグルンシュロスに到着した。町の様相はあまり変わっておらず、陸橋の果ての丘陵にそびえる巨大な城と、城を囲う堅牢な城郭。町はその内側にある。
しかし、グルンシュロスは、やはりというべきか、その規模の大きさのために、よそとの関係を多重に持っており、世界の各所と繋がっているのだった。従って、世界を統べる『光』の影響を逃れることが出来ず、わたしたちは結局、城門を潜る前に、異教徒として、警備している番兵に門前払いされてしまった。
そうなるのは、何となく予め分かっていたことではあった。
番兵は異教徒に対して厳しく、勿論その背景には、彼が『光』の信徒であるということがあるが、彼いわく、グルンシュロスは過日、反抗分子の蜂起によって混乱したという事件があり、以来、警戒が厳格になったようだ。きっと、『光』を受け入れようとしない者たちが武器を手に決起し、だが、鎮圧されたに違いないと、そういう風に、わたしとミアは推測し合った。
リーザ嬢は、今どうしているだろうか。彼女は『光』の侍従であるザムエルを刃物で突き刺し、重傷を負わせた。グルンシュロスは彼女が学校に行くための滞在先だった。彼女は親元を離れ、この町で学校に通い、勉強に励み、だが、悲運によって『光』の信徒となり、生活が劇変した。そうせざるを得ない事情のあったことが戦場で偶然出くわした彼女との話で知られ、わたしは、彼女が気の毒で仕方なかった。
人生はどうしてこれほど残酷になるものなのだろう、とわたしは馬上で手綱を持って、冷たい風を浴びて思った。はみ出し者であるわたしたちは――勿論、自分たちの選択の結果であることは知っているのだけど――今まさに、逆風のなかにあり、窮地に立たされているのだった。
「次は、ゲールフェルト、かしら」
ミアが背後で、そう問うてくる。
彼女の郷里の村だが、『光』の前身である『真光教団』によって滅ぼされた。
「うん」、とわたしは、簡単に頷くだけで返す。
わたしたちは街道を通らないことにした。こういう公道は、異端者には許されていないことが分かっていたのだ。わたしたちは迂回し、上り下りの激しい原っぱを行った。
「行ったところで、むなしいだけね、きっと」
「そうかなぁ」
「フリッツは、グルンシュロスへの旅の後に、戻ったんでしょう。ゲールフェルトに」
「あぁ、戻った。ブルーノとね。村は、以前の姿が見る影もないという感じだった。全壊さ。賊が忍び込んで、ひどい有り様だった」
「……」
ミアが沈黙し、わたしは、あけすけに言い過ぎたと遅れて悟り、馬の速度を落とすと、元々原っぱの彼方に向いていた馬の頭を、近傍の木立へと転じた。
「どうしたの、フリッツ」、とミアが、怪訝そうに訊いてくる。
「ちょっと休もう」、とわたし。
太陽が高く昇っていた。風邪が強いようで、曇脚が早い。鳥がスカッと晴れ渡った高空を悠々と舞い、どこからか木の葉が飛んで来、原っぱの草が一斉になびき、木々がざわめいた。
木立の木の内、いちばん外側にある一本に馬を繋げると、わたしはサッと跳び下り、ミアの手を持って、彼女が続いて下りるのを助けた。
まだグルンシュロスよりそう遠ざかってはおらず、丘陵の城郭と城と、長大なる陸橋が見えている。とはいえ、人里とはかなりの径庭があり、この場所は、ずいぶん原生の自然に近い。
ふと、ガサガサと物音と気配がし、わたしはハッとして、目で四方を確認した。すると、人影がチラッと見えた。なぜこんなところにひとがいるのか、びっくりしたし、不思議で仕方なかったし、それゆえ関心が高まった。
「追おう」、とわたし。だが、ミアは怯えているようで、引いていこうとする腕が重かった。
木々の間を縫うように小走りで行くと、先に、広場があり、高い木々の樹冠に光を遮られて、木漏れ日があるものの、全体的に薄暗かった。
そこに、ポツンと一軒の古びた小屋があった。生白い木の家で、屋根や壁など、あちこち苔むしていて、だが、扉や窓などは、清掃されていて比較的綺麗だった。老朽化した小屋が滲ませるひとの不在の感じと、何か所かの清潔にされた跡に見られるひとの気配とが互いに近しく共存しているのが、どこか不気味であった。
ミアが背中にピタリとくっついて、わたしは小屋の正面でドキドキしていたが、何となく、小屋の窓よりカーテン越しに誰かが覗いていることは分かっていた。そしてその誰かは、決して怪物ではなく、きちんとした、知性のあるひとのようだった。
中にひとが隠れているという確信を持ったわたしの注意深い視線に、その者がとうとう隠れていることを断念したようで、扉がギィと軋みを立てて、ゆっくりと開いた。
背中でわたしの肩を掴むミアの手に、力が込められる。緊張しているようだ。わたしも、誰が出てくるのかと緊張したが、現れたのは、どこか人好きのする、ひとりの少女だった。
「どなたですか」
パタンと扉を後ろ手に閉じると、彼女は扉の前のデッキの上から、わたしたちに、刺々しい口調で問いかけてくる。薄暗くてよく見えないが、褐色と思しき、ややクセのある髪と、水色がかった瞳が、特徴的だった。歳は、わたしとミアとそう変わらないくらいだろう。
わたしは、直近まで兵士だったので、ある程度、殺気を纏うにんげんの行動パターンが読めた。デッキの上の少女は、見知らぬわたしたちたちに対し、強い警戒心を持っており、彼女は腰の後ろに手を組んでいて、その手は見えないが、きっと小さい武器を持っているのだろう、と推測された。彼女が殺人とか格闘とか、そういうわざに精通していないのは、その雰囲気で推断されたし、彼女は強い警戒心を露わにしているものの、基本的には天敵を前にした小動物のように怯えていて、体が細かく震えていた。
わたしは、決してこの小屋のある環境を踏みにじりに来たのではなかった。ただ興味があって、足を運んだに過ぎない。だからわたしは、極力少女を刺激しないように用心して、「ぼくたち、旅人です」、と説いた。
「旅人?」、と少女は不審そうにしかめ面で聞き返す。「旅人がなんでこんなところに? わざわざ外れたところなんて通らずに、街道を通ればいいじゃない。ほら、陸橋があそこに見えるでしょう?」
「おっしゃることはごもっともです」、とわたしは彼女の意見を素直に聞き入れる。「ですが、わたしたちにはちょっとした事情があって……」
殺すつもりで出てきたのに、案外相手が話しの分かるヤツだと分かると、少女は、どこか段々とその警戒心を弱めていくように、わたしには感じられた。あるいは、わたしとミアと彼女とがそれぞれ近しい年齢であるらしいことが、彼女に親近感を抱かせたのかも知れない。
少女は一体何者なのだろうか。彼女はここに住んでいるのだろうか。一見して、『光』の信徒ではないらしいことは、ほとんど明白だった。
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