さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第446話

***

 

 

 

 わたしたちは、『光』に敗れて、その上服従しなかったので、ある種の逃亡生活をしている身だと説明した。

 

 少女は名をアリサと言い、妹のエルマとこの粗末で古びた小屋で二人暮らししているようだった。彼女等は、元々ここより遠望出来るグルンシュロスの住民だったようだが、おおむねわたしたちと同じ理由で、すなわち『光』に離反する格好で、町を脱したのだという。

 

 扉より、アリサと同じように屋内よりわたしたちを窺っていた妹が、姿を現す。姉と違って妹の髪にクセはさほどなく、うなじの辺でくくられていて、髪型が異なっているが、褐色なのが共通だった。年のころは、たぶん同年齢であろうわたしたち三人より、二、三下くらい、従って、十代半ばといったところだ。

 

 ふたり共、着古したチュニックを着ていて、着るものも、満足に手に入れられないに違いない。

 

「外では何ですから」、とアリサは、わたしたちを小屋の中へと案内した。先にミアが行き、わたしは離れたところに留めている馬を引いてくると、小屋のそばの木に繋げ直し、遅れて彼女等と合流した。

 

 あまり換気されていないだろうし、また、たっているところが鬱蒼とした山の麓という事情があるのだろう、小屋の中はややカビ臭く、光明に乏しかった。彼女等がどこか浮かない面差しなのは、勿論、わたしたちと同じ、世界を牛耳る新興権力への服従を断念したことによる、今の心許ない身空がまずあるだろうが、それに加え、この住まいの陰鬱と言うべき環境が、影響を及ぼしている部分がきっとあるに違いない。

 

 受け入れることの出来ない教えを拒み、自由をもぎ取るべく離脱した先にあるのは、不便、不如意、不安だった。わたしたちは、みずからの選択と決断が間違いではなかったという確信を持ってはいるが、かといって、全幅の納得が行くというのでもないのだった。心境は極めて複雑だった。

 

 陰鬱ではあれ、小屋の中は清潔だし、整理整頓されているようで、見栄えはよかった。物置としてテーブルがあちこちにあり、その上に並べられた、プランターに植わった植物が目に付いたが、聞くと、妹のエルマが花屋で働いていたらしく、彼女は食用、薬用、観賞用と、植生の豊かなこの辺で、種々の植物を採取してきているようだった。

 

 互いに初対面なので、果然、自己紹介を兼ねて身の上話が最初に持ち出され、これまでのいきさつが、わたしたちに、また、アリサたち姉妹に、説明された。

 

「探してるひとたちがいるんです」、とエルマが言う。「ふたり。きっと、『光』が連れ去ったに違いないんです」

 

「確たる証拠はないんです」、とアリサが付け足す。「けど、不自然な形でふたり共、行方を晦ましちゃって」

 

 わたしたちはテーブルに付いて、わたしとミア、そしてアリサとエルマが、テーブルを挟んで対面していた。食事などするための広い低いテーブルが、中央に椅子といっしょにあるのだった。

 

「まぁ、探しに行こうにも、こういう具合ですから」、とアリサが苦笑をまじえて言う。「つまり、日々の生活を維持するのが精いっぱいで、わたしたちには、とてもひとの捜索なんてやってる余裕はありません」

 

「そのひとたちは、ひょっとして家族だったり……?」

 

 と、ミアが遠慮がちに訊く。

 

「家族ではないんです」、とエルマが姉のように苦笑いと共に、首を左右に振る。「でも、お互いに家族みたいな関係ではありました。ひとりは薬屋の主人で、もうひとりは、姉と同じ学校の友達です」

 

「グルンシュロスの、アリサさんの通う学校の、生徒……」

 

 と、わたしは、自分自身に確認するように呟く。

 

「まさかね」、とわたしは独り言をこぼす。

 

 “リーザ”という名前が、スッと、まるでこの場に吸い寄せられるように浮かんできた。アリサがわたしと同い年だとすると、そのアリサの学校の友達も、きっとわたしと同い年だろう。そして、学校はグルンシュロスにある。

 

 だが、妙な直感が働いて、わたしに対して、リーザ嬢とアリサを半ば強引に結び付けようとしていた。

 

「どうしたの、フリッツ」、とミアが訝しそうに訊いてくる。

 

「いや……」

 

 わたしは躊躇ったが、言って悪いことではなかったし、アリサとエルマは、わたしの喉元まで出かかっている人名に高い関心を持って、待ち焦がれるように、強い視線を注いでいた。

 

 わたしは口にしてみることにした。

 

「リーザっていうお嬢様がいたんです」

 

 アリサとエルマが、ギョッとして目を見開いた。

 

「彼女は」、とわたしは続ける。「元々よその村の令嬢で、旅人だったぼくは、彼女の父に護送を頼まれたんです。それで、ぼくの同伴者と、リーザ様の執事を伴って、グルンシュロスまで旅しました」

 

 アリサとエルマは、顔を見合わせると、再びわたしの方を見、テーブルに手を突いて前のめりの恰好になり、「リーザをご存知なんですか」、と切に問うてきて、わたしは思わず気圧された。

 

「えぇ」、とわたしはいささか萎縮して返す。

 

「リーザと最後に会ったのは?」、とアリサ。「彼女は今どこで何をしてるんですか? リーザは、ある日忽然といなくなり、学校に顔を出さなくなったんです。きっと『光』に連れ去られたんだと……」

 

 姉妹は、リーザ嬢のことが強く気になり、また、彼女の平穏無事を願っているようだった。友達なので、きっと互いに親しい間柄なのだろう。

 

 わたしは、リーザ嬢のことをある程度知っていた。少なくとも、彼女等が持っている情報より、ずっと新しい情報を持っていた。

 

 だが、それを彼女等に伝えるのは、気が引けた。リーザ嬢の命に別状はないし、病気というわけでもない。だが、彼女等が知っている最後のリーザ嬢の姿と、わたしの知っている姿との間には、果てしない隔たりがあった。その隔たりを、姉妹はどう思うのだろうか。驚くのは間違いないだろうが、納得するのだろうか。

 

 仮にわたしが、リーザ嬢は元気にやっているという風に事実を偽っても、アリサとエルマは納得すまい。彼女等は本能的に、リーザ嬢が危地に陥れられたらしいということを、すでに推知しているのである。

 

 

 

***

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