さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第447話

***

 

 

 

 姉妹の知らないリーザ嬢に関し、わたしは、ことの顛末を淡々と説明して聞かせた。わたしは彼女とは戦場で偶然行き合わせ、その時の対話を通じ、彼女の身を置く状況を知ったのだった。彼女が『光』の一員となり、基本的には騎士の側仕えなのだが、時には戦場に趣き、自身で戦略さえ考案する。

 

 当時のわたしもそうであったが、やはりと言うべきか、リーザ嬢の現況を知る上で、絶句するほどのショックは避けられなかった。彼女等には、わたしの話を疑う感じは特になかったが、伝え聞かされた受け入れにくい事実をどのように受け止めればいいのか、始末に困っているようだった。

 

 アリサとエルマにとって、リーザ嬢は、ただの学生であり、よそよりいわば留学で訪れた、最初は馴染みのない相手だったけど、接することで次第に打ち解け、友情をはぐくんでいったのだった。

 

 彼女等が従来持っていたリーザ嬢のイメージに対して、わたしが教えた、『光』の一員としてその教義を信仰し、しかも戦場にまで出張るという彼女の姿は、まるでそぐわなかった。姉妹の知っているリーザ嬢は、学業に真摯に取り組む秀才であり、それ以上ではなかった。日に日に軍主義化していくグルンシュロスにおいて、リーザ嬢は、歓迎するどころか、むしろ、アリサたちと同じように反感を持っていた。

 

「――きっと、レックスさんも、リーザと同じように」

 

 と、俯くエルマがふと口にする。

 

「そうね」、と同じように俯くアリサが答える。「連れ去られて、『光』の一員に、半ば無理やりされたんでしょうね」

 

 わたしとミアは、レックスさんが誰か知らず、きょとんとする。

 

「レックスさんっていうのは」、とエルマが顔を上げて言う。「わたしが働いてたお店と協力関係にあった薬屋の主人なんです。わたしが薬草を生育して、薬屋で加工して貰ってって、そういう関係がありました」

 

 聞けば、レックスさんは、ある日忽然と薬屋より姿を消し、薬屋には彼の代りに、黒づくめの『光』の者と思しき連中が占拠するようになったという。つまり、薬屋は乗っ取られ、レックスさんは拉致されたのだ。今はきっと、リーザ嬢のように、『光』において、何らかの役割と責任を負わせられ、使役されているに違いない。

 

 そのレックスさんと、アリサたちは、家族ぐるみで付き合っていたそうだが、彼女等の父母はどうしているのかと聞くと、グルンシュロスで、従来のお店の仕事を続けているそうだ。だが、『光』の占拠した薬屋との関係があり、薬屋に対する下請け的事業をさせられ、薬草の栽培のみならず、加工まで負担することになったという。その生活を拒むため、娘であるアリサたちは、父母と物別れになった。父母のいるグルンシュロスとこの外れの山麓とは目と鼻の先ではあるが、互いの隔たりには、距離以上のものがあるようだった。

 

 アリサたちのいる小屋で、わたしたちは一泊させて貰うことにした。宿賃を払って泊まる宿とは違い、ふかふかのベッドやご馳走などはなかったけど、壁と屋根があるだけで、わたしたちには充分だった。

 

 女たち三人がベッドで寝る一方で、わたしは離れたところの床に寝た。夜暗くなって、毛布にくるまって目を瞑ると、わたしは明くる日のことを考えた。次の目的地はゲールフェルト。最後に訪ねてから、ずいぶん長い期間が空いている。廃村は今、どうなっているだろう。荒廃が進んでいるのだろうか。それとも、手を入れられ、復活しているのだろうか。

 

 空気がより冷たくなる前に、旅を終えたいと思う。油断すると、あれよあれよという間に秋が過ぎ、落ちるべき木の葉が全て落ち切り、その内雪が舞いだす。冬の旅は出来ればしたくない。積雪のために覚束ない足元に、視界を遮るブリザートに、凍て付く冷気。

 

 その夜の眠りは深かった。ずいぶんくたびれていたようだ。明日が永遠に来なければいいのに、と思う自分がいたが、ミアの悲しむ顔が目に浮かび、暗い考えを弄ぶのはやめにした。

 

 ふと、ミアがわたしのそばにやって来、自分の毛布を持って、隣に横になった。

 

 わたしはびっくりしたが、ミアは、姉妹に挟まれて窮屈で、居心地が悪いのだそうだ。姉妹はすでに寝付いていた。わたしは壁際で壁に向かって寝たが、隙間風が近く、ずいぶん寒かった。

 

 明くる朝、わたしとミアは、アリサたちに一宿一飯の感謝と別れを告げ、小屋を去った。互いに反『光』という立場が共通しているのに、別々の道を歩むというのは、何だか奇妙だった。

 

 わたしは小屋のそばに休ませておいた馬にまたがり、後ろにミアが乗った。手綱を持ってゆっくり進め、木立を抜けると、青い空が迎えてくれた。日の光が暖かかったが、空気はすでに秋のそれで、冷たかった。

 

「きみのふるさとに向かう。その次に、ぼくと、ブレイズのふるさとに向かう。いいね?」

 

 と、わたしは背後の彼女に確かめる。

 

「えぇ。フリッツ」、とミアは返す。

 

 わたしは手綱を引き、馬の両脇腹をかかとで圧迫し、出走させる。

 

 冷たい風が、わたしたちのそばを流れる。わたしは意気を高めてその風を耐え、ただ前だけを見て進む。

 

 わたしの後ろのミアは、より風を防ごうとして、わたしの背中に密にくっついてくる。

 

 背中より、かすかに彼女の体温が感じられる。本当に微かで頼りないけど、確かに生きているのだという、彼女の体温が。

 

 

 

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