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行きよい街道を迂回して時間をかけ、やがて到着したゲールフェルト村は、わたしたちの知っているものではなくなっていた。決して行き先は間違えたわけではないことは、記憶が教えていた。
わたしたちは、近傍を進みながら、廃村があるはずの辺りに、見知らぬ人里があるのが見えていた。塔が中央にたっているようで、よく目に付いた。その人里には、未知の趣きが漂っていて、まさかとは思ったが、そこが新しいゲールフェルトのようだった。
様相は劇変し、のどかだった村は、最早村ではなく、町というべき規模のものに変わっていた。思うに、よその勢力がやってきて、整地し、諸々のインフラを設け、人が住み着いて暮らせるように、建物を建設したのだろう。
あったはずの損壊した建物、夥しいゴミは取り壊されるなり、片付けられるなりしてなくなり、跋扈していた賊など、言うまでもなく、影も形もない。
わたしたちは、ゲールフェルトより離れたところで馬を下りると、徒歩で近付き、目立たないように、近くの木々の間に潜り込むと、物陰よりよく覗いてみた。
新しいゲールフェルトは、中央に城を据え、その周りに住居などの建物が囲むように並び、更に、その周りに田畑が輪状に並んでいた。街並みは当世風であり、遠目に見える幾つかの建物に見られる加飾や、通りを行き交う黒服の者の姿などから、『光』の存在が推知された。
町の内外をしきる門はなく、一見外部に開放されているようだったが、武器を携える軽装の警吏が巡回していて、容易には出入りできなそうだった。
「驚いた。知らない間に、町が出来てたなんて」、とわたし。
「わたしたちの知らない町だわ。ゲールフェルトであって、ゲールフェルトじゃない。別物」、とミア。
「時代が変わったって感じがする。ぼくらはゲールフェルトルトがまだ存在していた頃の姿を見、滅んだ姿を見、今こうして、改造された姿を見てる」
狐色の麦畑が、町を背景に広がっている。だが、最早リーザ嬢の家の事業ではないし、彼女の家も、きっとないのだろう。
麦畑の一区画では、ひとりのよく日焼けした壮年の農夫が、灰のように見えるものを麦畑に手で撒いていた。肥料だろうか。
わたしが何となく目を向けていると、農夫はふとハッとし、わたしは彼と目線が合ったようで、まずいと思って樹幹に身を隠したが、大声を出され、わたしたちは警吏に見つかってしまった。
……。
わたしたちは木陰より明るみに出、警吏と農夫のふたりと対面した。
「作物でも盗むつもりだったのか?」、と警吏。彼は若者で、黒っぽいチュニックを着、薄褐色のズボンを履いて、槍を持っている。
「滅相もないです」、とわたし。あまり怯えているのはよくないと思い、出来るだけハキハキと警吏に対し、受け答えした。
「だけどコイツら、じっと麦畑を見てたんです」
と、農夫が不躾に指さして言うが、わたしたちが犯罪者だと信じて疑わないようだった。
「見てただけですよ」、とミアがムッとして言う。
――だが、あまりいい身なりではなかったので、怪しいと疑われても仕方がないという気はする。
「お前ら、身分の証明書は?」、と警吏。
「持ってないです」、とわたし。「ぼくら、『光』の信徒じゃないんです」
「ほら、異教徒ですって!」、と農夫が興奮気味に言う。「ますます怪しい!」
わたしもミアも、やましいことなどしていないのに、こういう風に露骨に敵意を向けられると、気分が悪かった。
「今すぐここを去れ」、と警吏は命じ、槍の柄を地に突き立てる。「そうすれば見逃してやる。そうしなければ、裁判所にお前らふたりを突き出す。場合によっては、お前らは見せしめに惨たらしく殺されることになるぞ」
――結局、警吏も、農夫といっしょになって、わたしたちに不信の目を向けているのだ。権力に同調しないというのは、これほど不便を被るものなのだろうか。
「去ります」、とわたしはあっさり宣言する。「別に用があるわけじゃありませんし。でも、ひとつだけお聞きしたいことがあるんです」
「何だ?」
「誰かを裁く時に限らず、『光』においては、人殺しは是とされているんですか?」
他宗教を排斥し、テリトリーを侵し、そうやって世界を自分の色に染めてきた宗教の教義が、果たしてどういうものなのか、わたしは気になった。教義が血腥いものなら、新しく構築される世界は、同じものになるだろう。
「人殺しは悪に決まってる」、と警吏。「そういう風に我々は教わるし、人殺しというのは、共食いといっしょだ。ひととひととが共生していく上では、互いの存在を認め合うことにまず努めなければならない」
納得の行く話だと、わたしは思った。ミアは、頷いたようだったし、農夫は腕組みして静聴している。
「だが、その共生を脅かす者、たとえば、お前たちがそうじゃないかと疑われた盗人や賊などは、例外だ。そういう連中は、秩序の維持のために排除される。その場合の人殺しは、是認される」
――寒々とした気持ちで、わたしたちはゲールフェルトを去った。ミアにとっては帰郷であったが、掠める程度で終わってしまった。
わたしたちはそれぞれ重々しく口を閉じて、止めていた馬のところに戻って跨り、ゆっくり出発した。
わたしたちは、怪しまれ、疑われたものの、殺されずに済み、こうして解放された。
だが、わたしたちは、今ある世界にとって、結局のところ、盗人や賊と同等の局外者であり、犯行こそしないが、殺されて仕方ない立場に身を置いているのであり、その事実の苦味、渋味を、警吏の話の後、嘗めているのだった。
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