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わたしがブルーノに連れられる形で、ふるさとメンドンを旅立って数年が経過した。当時と比べ、わたしは変わった。身体的には大きくなり、精神的には、あるいは豊かに、あるいは複雑になった。
今こうして、長い歳月をかけて辿ってきた道のりを、ふるさとまで逆戻りするというのは、ひどく奇妙なことだった。ひとり親の母をなくしたわたしには、ふるさとの価値はすでに乏しい。
亡くなったブレイズは、騎士として名を成し、錦を飾りたいと言っていた。彼の母がきっとメンドンにいて、彼女は、立派に成長した息子の帰来を待ち焦がれているのかも知れない。もしわたしがブレイズの母に会えば、わたしは訃報を伝えるだろう。彼女はひどく悲しむだろう。だが、彼の死が犬死でなく、むしろ名誉ある死であったという風に、わたしは確言したいと思う。彼は敵の有力な騎士と刺し違える形で戦死したのだ。戦争には負けたけど、彼は勇敢で秀抜だった。
しかし、わたしには懸念があった。あり得る事態が想像され、憂えられ、嫌忌された。
これまで、コンラートさんの集落、グルンシュロス、ゲールフェルトと巡ってきたが、『光』に影響下にないところはなかった。グルンシュロスは元々大都市だったので、世界的潮流に引き込まれるのは当たり前だが、名もない集落さえ、『光』は目敏く取りこぼさないのである。わたしのふるさとメンドンが無事である保証はないし、むしろすでにその手に落ちていると考えても、おかしくはない。
だが、最早後戻りはわたしたちには出来なかった。インベガにも、フェノバールにも、どこにも、わたしたちは帰すべき場所はなかった。最後に『光』に頭を下げて仲間入りさせてもらえばいいという思いはてんでなかった。わたしたちは徹底的に自恃に拘ってやろうと、強気でいた。草葉の陰で見守るブルーノとブレイズが、やれやれと呆れている顔が思い浮かぶ。だが、どこかにまだわたしたちにとっての『生きた自由』が残存している場所があるという信念、ないしは妄執があって、それがわたしたちを突き動かしていた。肩身の狭さや不如意で疲弊していたし、苛立ってもいたけど、まだ光明への視線を忘れてはいなかった。
メンドンまでの旅はとても長かった。インベガとメンドンの間には長大な距離があった。旅している内に、わたしたちの所持金は減り、旅の後半にもなれば、最早引き返すなど到底出来ない懐具合となっていて、どうすればいいかという選択の余地が削られていった。
わたしとミアは、互いに不安なようで、それでいて、あっけらかんとしたところがあった。何が待ち構えていようと、何も待っていなかろうと、わたしたちは受容する心の準備が出来ていた。行き先が安住の地であれば終生過ごせばいいし、そうでなければ、また旅立つだけのことだった。
秋の日々が過ぎていく中で、わたしたちはひたすら前に進み、平原を、山々を、荒野を越え、深い森林へと入り、いよいよメンドンが近かった。青かった空は曇り空に変わり、湿り気を帯びた冷気が漂いだし、雨が降るようで、わたしたちは防寒と防雨のためにポンチョを纏い、帽子を被った。
木々の間を行き、どんどん人の気配がなくなっていくのが、ひどく不気味だった。
川に沿って歩いているが、メンドンは水の豊かな土地だった。この水系を源流にして、村には風呂屋が数軒あり、わたしと母は、毎日農作業で泥だらけになったけど、体を清めるのはたやすいことだった。
遠い過去が思い返される。森に囲まれた閉鎖的な村だったメンドンは、農奴を抱える領主の私物同然であり、村の出入口には、武装した番人がいた。あるいは、警備のために、周縁を巡回している者がいて、わたしたちは出くわすかも知れない。
母と住んでいた家。頼りない壁の薄いあばら家は、嵐がくれば崩壊を危惧するほどだった。今となっては崩れるなり、壊されるなりして、なくなっているに違いない。食事はいつもパンと牛乳で、一度も文句など言わなかったけど、質素というか、率直に言って貧相だった。牛乳は家畜小屋で、領主に預けられる形で飼育していた牝牛のもので、その牛も、どうなっていることやら……。
何よりわたしが気になっていたのは、かつて何人かの村人と、母を襲い、その命を奪った伝染病が、未だにはびこっていないかどうかだった。
胸がドキドキする。何がわたしたちを待ってるのか、その期待と不安が、緊張として表れているのだ。
わたしは馬を下り、ミアは乗ったままで、わたしが馬を引く恰好で、進んでいく。きちんと誘導してやらないと木々の間を出鱈目に行きかねない。
「ずいぶん遠いのね、フリッツのふるさとって」、とミア。
「遠いさ。うんと遠い。でも、じきに着くと思うよ」
「行きつくところが、わたしたちにとってのゴールであって欲しい。わたし、くたびれちゃった」
そう言って深く俯くミアを、わたしは見上げる。
「きっと大丈夫さ。ミア」、とわたしは励ます。「メンドンは、インベガより一番遠く離れたところさ。だからきっと、『光』はいないし、メンドンは閉鎖的だけど、まだ新時代の洗礼を受けてないという意味では、反抗したぼくたちに相応しい」
「そうね。フリッツ」
降りしきる雨が、川面に踊っている。足元が水気に晒されて濡れる。馬を覆う毛も、雨に濡れてツヤツヤ光っている。
ブルーノとの旅路の情景が回想される。あの日も雨で、夏季で、雨も空気も、ひどくぬるくて湿っていた。遠のいていくブルーノに、幼いわたしは追い付いて、だけど蒸し暑さの不快感やら旅の疲労やらでクタクタだった。わたしたちは、細い私道を通り、村の近くに来ていた。そこで雨宿りする格好で、宿に一泊し、宿に付帯する居酒屋で夜食を摂り、ブルーノはそこでお酒を鯨飲していて、彼が決まって悪酔いすると知っていたわたしは、早めに席を立ち、一足先に寝床に入った。
定住地を持たない旅人の生活。あの夜、わたしは不安であり、不安である一方で、どこか安心感もあった。それは、旅を通じてどこへ行けばいいのかよく分からないという不安と、ブルーノという連れ合い、あるいは友人、あるいは仲間がいるということの安心感だった。
今、わたしはミアとこうして旅している。雨に降られて少々凍えながら、わたしは、あの日と同じような行く末になることを、歩きながら夢見ている。寒さと雨を凌げる一軒に辿り着き、そこで飢えた体をご馳走で満足させ、すでに充分に加齢したわたしは、ブルーノのように、お酒を頼み、浴びるほど飲む。ミアは呆れて、やはりあの夜のわたしのように、まるで他人のようにそそくさと、酔っぱらいを放置して先にベッドのある部屋に帰るに違いない。
実際にあった過去が、今では望ましい未来になっている。場にいる顔ぶれやその他の状況は違えど、わたしの想念は、わたしのそうしたいという祈願によって、あの夜と同じ筋道を辿ろうとしている。
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