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ブルーノの父は、言っていた通り、一週間ほどの余暇を悠々と、主には妻と仲睦まじく、時々は息子のブルーノと、着かず離れずの微妙な距離感で過ごした後、遠征のため住まいを離れた。
父を見送るブルーノにとっては、親との別離は、慣れたというほどでもないが、これといった感慨もないことで、いつしか無感動に父を見送るようになった。
だが、それは彼が父の仕事の事情を知らなかったからで、それまでの彼は、父の仕事に関して、アバウトなイメージしか持ち合わせていなかった。
父は、自宅に時々帰ってきて、少なくとも一週間、長ければ一カ月弱ほどの間、ちょっとした放蕩生活に明け暮れする、あまり敬意の持てない遊冶郎で、だけど一方で、戦争に従事することの苦々しさをこぼす繊細な感性を持っている思索家でもあるということが、期間を置いて繰り返されるその話から、ブルーノには、段々と推察されるようになってきた。
そして父が戦争をし、実際にそのさなかに何を行うかということを聞き知ってからは、旅立つ父の背中に、何か、父には到底背負いきれそうにない重荷を見て取るようになった。装備を整えて出立する父の背中は、うっすらとした哀愁を漂わせ、いつも物申したげで、だけどただすべて忍苦するだけだという諦念の色を帯びてもいた。
父は偉大だった。それを否定する筋合いはなかった。彼がどういう子供だったか、ブルーノはほとんど知らないが、いつしか自立し、一人の女性をめとり、男女関係では避け得ない軋轢を生みながらも、彼女にしんぼう強く愛情を注ぎ、一人の男の子を設け、愚痴っぽくなりながらも、ひとかどの者になるまで育てている。
ブルーノの家は、労働者は父だけで、母は家事に専念し、ブルーノは自由の身だった。欲しいものは基本的に買い与えられ、食べ物に不自由することはまずないし、近所では父は戦士として畏敬の念を持たれ、その息子である彼はよく可愛がられた。
父を誇りに思うべきだと、それが道理として正しいとブルーノは思ったし、それを否定する根拠は何もなく、納得するのは簡単だった。
だが、帰ってきた父の、母に気遣われ、たっぷりと慰労されるしょぼくれた顔を何回も見ると、父がやっていることは、家族を守り養うすべとして絶対的に正しいとしても、父にとっては、それだけでなく、必ずネガティブな面があって、それが父にすっきりしない感情を持たせているのだと、考えるようになった。
父は正しいことをやっている。父は間違っていない。彼の仕事が、ひとの殺害、圧伏、搾取に加担するものであったとしても、彼は家族のため、仕方なくやっているのだ。
ブルーノは自由の身だった。それなりに裕福な家庭だったのだ。
彼は学校に行くかも知れなかった。そんな話が食卓かどこかで出た気がした。幼い彼は釈然とせず、のれんに腕押しという具合だった。
だが、割合気ままに過ごせる時間が多いという恵まれた環境で、彼は、父との今一歩打ち解けられない交流を通して、そこで彼の思い、悩み、信条にほのかに触れることで、いつからか、戦争とひとの関係について、取り組むようになったのであった。