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長い一日が暮れ、ようやく人心地が付いた。
農作業が終わり、ヘトヘトに疲れて、ぼくと母は家路に付いた。誰もかれも、ぼくらの仲間は皆悄然とした面持ちで、やりがいの乏しい忌まわしい労働とひとまず休戦の時を迎えるのだった。
「今日はね、フリッツ」、と母が呼びかける。「朝市をやってたから、ちょっと買い物をしてきたの」
そう言って、籐の籠を見せる。
中には、果物が入っていた。赤い、よく見慣れた果実だった。
「リンゴ?」
「うん」
「好きでしょう? フリッツ」
「うん」
「まぁ、わたしが食べたいから、買ったんだけどね」
「ねぇ、お母さん」
「何?」
――リンゴのように甘い味のする話題を、渋く苦味のあるものに転換するのは、気乗りしないことだった。罪悪感を覚えるくらいだ。
母の疲れを帯びた微笑みが、悲しい。
「うちへ帰ったら、どうするの?」
ぼくは、思い切ってそう問うたが、その実、返答を予知していた。
「そうね。すぐにご飯にしたいところだけど、やっぱり、仕事をしないとね」
「……。」
母はあの織機を動かして、また仕事に取り掛かるのだ。
ぼくは何かげんなりさせるものを胸中に感じる。負の感情のわだかまりが胃のムカつきを感じさせる。
「働ける内は、働かないとね。いざという時に、お金がないと、何も出来なくなっちゃうから」
夕日が紅に輝いている。穏やかで鮮やかで、明々とした夕日だ。ぼくの今の気分や、ぼくの生活を覆う雰囲気とはまるで対照的だった。
母は、立派なひとだ。少なくともぼくは、そう思って、母を尊び、慕い、信頼し、かけがえのない存在として、愛敬している。
だから、母がぼくの無粋な問いに対して、言葉を吟味したことははっきり分かった。
ぼくらが決して裕福でなく、むしろ貧しいということは、掌を差すが如く明らかだった。
だが、母がそのことを表明したことは、記憶にない。
貧しいことのみじめさ、つらさ、悲しさ、やるせなさ、不如意――あらゆるネガティブな要素を、母は、決して口にしなかった。気丈に、未来志向で、前向きで、楽天的であろうという姿勢を崩さず、ぼくを生活苦の悲哀と困苦に巻き込むまいという意気込みがあるのか、いつも微笑みを絶やさず、幸せを哀切に希求していた。
「どうしたの?」
ぼくの思い詰めた様子を見て、母が心配そうに訊く。
ぼくは少し俯くと、強いて相好を崩し、母に向けた。
「ううん、何でもない」
「フリッツ……」
「何か手伝えることがあれば言ってね。ぼく、何でもやる」
「ありがとう」
飛び切りの笑顔で、母がそう言う。
ぼくらは微笑み合い、そして、ぼくは心の中で、じりじりと切迫した感情を抱いた。
血路を見出したい。この窮境を抜け出る道だ。見出したい、ではなく、見出さねばならない。
そして母と、じぶんを救い出すのだ。