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ブルーノが声変わりし始める頃、彼はもう無気力を克服し、仕事に精を出すようになった。
彼が覚えたのは、戦い方であり、忍耐であり、服従であり、殺戮であった。
軍学校の学費は官費でまかなわれると街のギルドで聞き知った彼は、独学で勉強し、試験を受け、合格した。
母、ティーネは、息子までもが兵士になるのだと知り、絶望し、彼に改心するよう説得した。
しかし、ブルーノは、自分にはその道しかないと判断したのだと母の言葉を退け、軍学校への入学を強行し、厳しい規律に支配された日々の生活を数年間耐え、切り抜けた。
息子の面倒を見なくてよくなったティーネは、水商売から足を洗い、遥かにより少ない賃金ではあるが、体を酷使しないで済む仕事を見つけ、それで細々と暮らすようになった。まだ彼女は男に色目を使う癖があったが、深みにはまることはなかった。
お金が必要だということは、ブルーノはよく分かっていた。何となれば、父の生前は不自由のない生活を送っていたのだ。
ある日のことだった。初秋の日はまだ暑さを帯び、しかし風はやわらかで涼しかった。
休みの日。ブルーノは一人、生まれ育った村へ赴き、喬木の囲いがある墓地を訪れた。わりとしばしば彼は村の墓地を訪れ、古い知り合いに、大きくなったとか、母は元気かとか、質問を浴びせられるのだった。
彼は墓石の前にしゃがみ込み、花を供え、立ち上がって見下ろす。マルティンの名が刻まれている。
「ただいま。父さん」
彼の頭には、マルティンの相貌がしっかりと残っており、思い浮かべれば、まざまざと顧みることが出来るのだった。
「またひとを殺しちゃったよ。石弓でさ、胸を射貫いてさ、相手は騎士だったんだけど、あっという間に落馬したね」
乾いた笑いがむなしく空に消える。
『兵士なんてなるもんじゃないぜ』
父の嘆きともぼやきとも付かない口癖を思い返す。
だが、あぁ、自分はその言葉に背いてしまったのだ、と、ブルーノは慨嘆した。
「でも、仕方なかったんだ。他に、やれそうなものがなかったから」
風が吹く。すると、ブルーノは、自分が平和な村に来ているというのに、何か血なまぐさいにおいがしてくるようで、胸が悪くなるのだった。戦場ではよくにおうものだ。
彼は不快そうに顔をしかめ、体のあちこちに鼻を付けて嗅ぎ、血のにおいが残っている箇所を探った。だが、気のせいのようだった。
「ダメだな。ぼく。血のにおいって嫌いなんだ」
生前はほとんど言葉をまじえなかったのに、死んでからどうしてこれほど饒舌になるのか、ブルーノには自分のことながら、不思議でならなかった。
きっと、壁があったのだ。それがお互いを隔てていた。しかし目に見えない壁なので、二人にはまさか自分たちが隔たっているとは分からなかった。
大人と子供の壁だ。それが、ブルーノが子供の時期を終えようとして、なくなろうとしているか、あるいはすっかりなくなったのだ。
父は死んだ。彼の生きた証跡として墓がある。しかしそこにあるのは証跡と、思い出だけだった。
ブルーノは、だから、ふと自分が墓石に向かってとうとうと語っていることに気付き、奇異の念に打たれるのだった。そこには誰もいないのに、まるで誰かがいるように、話している。
きっと――と彼は考えた。
愚痴を聞いてもらいたいのだ。いかに戦争というのが惨く、悲しい、いつだってやめたいと思う仕事か。それでも生活のためにと我慢しないといけないという葛藤。
別に、同僚だって先輩だって後輩だっている。彼らに聞いてもらう方が、死者に語るよりずっと有意に違いない。生者は共感が出来る。死者はそれが出来ない。
だが、ブルーノにとっては、死者に語り掛ける方が、しっくりくるのだった。彼は共感も返事も必要なかった。
ただ父の名を中心にみなぎる思い出の水面に、石を投じ、そこに揺れる波紋を、しみじみと見つめていたいだけなのだ。