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懐かしいもので、ぼくが思い起こすのは、色々とある。
ミアという女の子がいた。ぼくらがギルドを訪ね、仕事を求め、今こうしてリーザ嬢を護送することになった村で、ぼくらは出会った。
リーザ嬢が、麦の揺れる風流なエリアに住んでいる一方で、ミアは街中の風情も何もない工場を兼ねた建物に住んでいるようだった。
二人は着ているものも違えば、暮らし向きも違い、リーザ嬢がお嬢様らしい悠々自適の上流生活を送る一方で、ミアは、来る日も来る日も労働に携わり、家業を手伝っているのだった。
ミアはだから、下流とは言わないまでも、上流ではない、つましい生活を送る身の上と言える。
だが、彼女は自分のその身の上について、愚痴をこぼしたり、嘆いたり、恨み言を言う様子はつゆも見せず、むしろ健気に、愛想を振りまいて、村民からは人気だった。
「そういう習性ねぇ」
リーザ嬢が納得しない風に言って、前屈みになり、ぼくをジトッとした目付きで見つめる。思わずぼくはたじろいで、席の後ろの方へ後退りする。ぼくという人間が、まだ年少のくせに、ノスタルジックでじじくさいという話だ。
「まっ、結局はひとそれぞれだからね」
令嬢は、存外ぼくのパーソナリティにこだわることなく、そう続け、前屈みの姿勢をもとに戻す。
「前向きなひとがいれば、後向きなひともいる。別にわたしは、あなたにこういう人物でありなさいとか、こういう生き方をしなさいなんて指図するつもりは全くないからね。それは誤解しないでちょうだい」
「ぼくも、ちょっと口が過ぎたと思います。ごめんなさい」
そうぼくが謝ると、ぼくと令嬢はそれぞれ口を噤み、何かすっきりしない雰囲気に包まれた。空気がまずくなったようだった。
だが、それでちょうどぼくには都合がよかった。ぼくはやっぱり、回想に集中したかった。
ミアは今どうしているだろう。
だが、思い巡らしてすぐ、ぼくは自分が情けないという感じを持って落ち込んだ。
彼女とは知り合って間もなく別れることになった。目線を交わしてまず興味を持ち、次に先走った好意を持った。ぼくはブルーノをギルドに残し彼女に会いに行き、お互いに名乗り合い、軽いおしゃべりに興じた。
なかなかどうして彼女は合い口がよく、話し込むにつれてぼくはオクターブが上がっていった。今思えばその時のぼくは、ずいぶん分かりやすく興奮気味になっていただろう。
その後、ギルドでブルーノは話を付け、ぼくらはお金持ちの家の娘であるリーザ嬢を城下町までエスコートするという仕事を引き受けた。
ぼくはミアと再会し、その時何と言った?
彼女は服屋の娘だ。ぼくはみずから粗末な衣服を着ながら、彼女の店にはおしゃべりにしか訪ねていない。冷やかしも同然だ。実際、ぼくには、自由に使えるお金はないに等しいのだった。
だが、がんばって仕事してお金を稼ぐと言った。そしていつかあの村に帰り、ミアのお店で、服を買うと、宣言した。
今もう彼女のことを懐かしんで、一体ぼくはどういうつもりだろう。
彼女は懐かしいし、会えるならば会いたい。だが、今会ったところで、どうなる? ぼくはあの時と何ら変わりはしない。ちょっと遠出して戻ってきただけだ。時間が経っただけで、何も有益なものは得ていない。
ぼくは今ブルーノが受けた任務に付き添っているだけだ。大方はブルーノが主導して、ぼくが成したことはまだ何もないといってよい。
馬車は進む。常にだれかとすれ違い。その顔を見、貴賤を憶測し、どこに行くのだろうか、などと思う。目の前のリーザ嬢は腕組みしてウトウト舟を漕ぎ出している。
ぼくが成せることとは、一体何なのだろう?
腰に下げた革鞘に納まった短剣を目だけで見下ろし、ぼくはそう、どこか気重になって、考え込むのだった。