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安全で通りよい石製の陸橋をやがて渡り切り、向こう側の丘陵の、『グラス』と名付けられた砂利の街道へ移ると、グルンシュロス城下町はすぐそこと言うべき距離に見えるようになった。
その様は陸橋を渡っている途中から、何となく見えてはいたが、こうして近傍まで来て改めて見てみると、息を呑むほど大きい城が、そのそばに来る来訪者を威圧しているようだ。
陸橋とその先の丘陵からは、だが、物見の尖塔と壁で成り立つ城郭が、城の周囲を覆ってその全容を隠す形になっており、実際に露見しているのはその半分くらいである。
城が立っている丘陵の最上の辺りは、草木が満面に根付いておらず、白い岩肌が所々剥き出しになっている。
グラス街道を少し進めば、幅の広い木橋が見え、丘陵の谷間に架かるその可動式の橋が、城下町の出入口となっているのだった。思うに日中は下がり、日が暮れて物騒になれば上がるのだろう。
「何か険しそうな城下町ね」
リーザ嬢が、めくった幌の隙間より彼方を望んでそう言った。
「そういえば」、と答えるぼくも、彼女と同じように、彼女の向かい側の席から、同じ方向を見遣っているのだった。
「お嬢様は城下町に来るのは初めてなんですか?」
「昔ちっちゃかった頃に、お父様に連れられて来たことがあるらしいけど、覚えていないわ」
「ふうん。じゃ、ご親戚の方とは初対面も同様なんですね」
「まぁね」
ぼくらが馬車の両側から顔を覗かせ、目を合わさずにする会話の間も、馬車は進み、城下町とも言え、また城を頂く丘陵とも言える巨大な政治的拠点のふところに近付いていく。
ぼくはぼんやりと、今まで見た中で一番規模が大きく、また、きっと一番文明において高度でもあろう町に圧倒され、あんぐり口を開けていることにずっと気付かず、間抜け面を晒して、通りすがりの人たちにクスクス笑われたのだった。
「ハァ~ア」
リーザ嬢がため息を吐いたらしいのを、ぼくは聞いた気がした。しかしお互いにそっぽを向いているも同然なので、はっきりしたことは分からない。
そして、彼女はこう続けたように、聞こえた。
「何だか、あっけないものね」
そこで彼女の独白は終わったようだった。
ぼくは考えた。
彼女はこの旅に際して程度は知らないが、身構えていたのだろう、きっと。何か起こるかも知れない、そしてその何かは、決して笑い飛ばせるタチのものではないだろう、と、そういう風に。
だが、蓋を開けてみれば、一泊した村を出た後、陸橋の前の丘陵地帯で騎士たちとの遭遇があって、最初は戦闘が起こるかもしれない、と危ぶんだものだが、杞憂に終わり、結局、こうして、じき無事に任務完了と相成りそうな展望が先へ開いている。
令嬢も、ぼくも、きっとブルーノも、コンラートさんも、これから最後まで特に何事もなく終結すると確信しているに違いない。
それは全くもって結構なことで、歓迎すべきことでもある。この旅の目的が首尾よく果たされることに、何の異議もないし、異議申し立てするいわれもない。
だが、ぼくは結局何を成したのだろう。そういう風に自問すると、何か不満に感じている自分の存在を、心の片隅に発見するのだった。
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