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そのことに気付いたのは、何となく、幌より出している顔を戻し、振り返って向かい側のリーザ嬢の後ろ姿を見るともなしに見た時だった。
彼女はずっと外に顔を出し、目前に近付く壮観に心を奪われているようだった。
男子の本能で、どうしてもお尻に目が行きがちだったが(綺麗な形をしていた)、ふと、令嬢の耳が目に入り、その肌色が、妙に赤いのだった。
最初、首まである袖なしチュニックの下に着る長袖の服が暑いのだろうかと思った。夏なのに、どうして長袖で、また重ね着までしているのだろう、と思わないこともなかったが、今まで暑い気候に長袖という恰好をするひとは何人も見かけた。主に女性で、多分、宗教的な決まりがあったり、寒がりの体質があったり、露出を嫌うという性格であったりなど、それぞれ理由があるのだろう。
だが、どうにも様子が違う。別に突然しゅんとしてうなだれるということもないし、消耗した感じもない。
令嬢への微かな違和感が共有されないで、馬車は橋を渡り、番兵とのいつもの問答を済ませ、城門を潜った。
令嬢は幌の中に姿勢を直し、心なしか憂鬱そうだった。その違和感を知らなければ、いよいよ目的地に到着してそれまでと一転した生活に身を投じることのネガティブな面を不安視しているのかも知れない、などと憶測したことだろう。
ぼくは彼女のお嬢様らしい品のある端正な表情の顔をじっくりと観察し、すると、その耳からこめかみが最も赤く、目鼻のある中心に向かって段々と淡くなっているらしいことを発見した。
「リーザさん」
ぼくは呼びかけた。
彼女は「ん」、とボウッとしまりのない顔を上げた。
「どこかお悪いように見受けられるのですが」
そうぼくが指摘すると、彼女は「ううん」と唸って俯いた。
「別に、どうってことないのよ。仮にわたしが体調を崩したとしても、ちょっと出し抜け過ぎて理解出来ないかな。思い当たることがないの。だから、精神的なところで、不安定になっているんじゃないかしら。ほら、わたしは、これから生活が変わるじゃない? だから、何か不安があるのかもね。前に未来がどうとか思い切り言い放ったくせに、恥ずかしいんだけど」
――それに伝染性があるらしいということを、ブルーノが話したという記憶がある。
母を襲ったあの病だ。
例えば、感染者の呼気を吸うなどしても、伝染することはあるのだろうか。
そう考えると恐ろしいが、別にこれといった症状もなく健常である今は、警戒しようという思いはあまりない。
「ブルーノ」、とぼくは、うっすらとした、まだ確信は持てないが、ありそうな気のする危機への懸念から、まじめな声色で呼びかけた。
ブルーノはすぐに振り向いて耳を傾けた。
「令嬢の体調が芳しくない感じなんだ」
「令嬢が……」
ブルーノはそう呟いて、じぶんは大丈夫だともごもごささやいて答えている彼女を見たが、その違和感に気付いたのどうか、刹那目を見開いた以外、特に表情は変えなかった。コンラートさんも、先走った恐れを持った風に、何事か確かめようと振り返っている
「もうすぐ町へ上る。おれはよく分からないが、お前が何か怪しいとかおかしいと感じたなら、確かめるといい」
ブルーノは鈍く、令嬢の違和感を察しなかったのだと幻滅しそうになったが、何かそう納得しない自分がいた。あるいはブルーノはじぶんを試そうとでもしているのかも知れないと、だから知らぬ顔を決め込んでぼくに令嬢の救護をやらせようとしているのだと、思い込もうとするのだった。
今彼の心理、心情の真相を突き止める意志はなかった。リーザ嬢のことが優先だった。
「途中で馬車を下りるか?」
正面に向き直ったブルーノが、そのままの姿勢で誰にともなしに訊く。
ぼくは「うん」、と、半ば怯えて、半ば力強く、頷いたのだった。
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