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流行り病は局地的なものとされている。
母が亡くなることになった病は、ぼくが母と暮らしていた村とその周縁に限ったものであり、当地では軽んじることが出来ないほどの流行を見せていたが、そこから隔たったところで感染するというのは、首を傾げざるを得ない。
だいたいの特徴は共通しているようだが、あるいは違う病かも知れない。
それは、けれど楽観論だ。母を襲ったのとは違う病であれば、あの時と同じ目を見ることはないだろうなどと推測を立てて安心したいという、そういう心理的な逃避でしかない。
ぼくが媒介してしまった可能性を考えたが、それであればまずぼくが発症していなければならず、ぼくは目下、健常なのだった。
「ねぇ、フリッツ」
気持ちよさそうに風を浴びているリーザ嬢が呼ぶ。
「これから、どこへ行こうというの?」
「それは……」
「あなたが何を考えているのか知らないけど、わたしはちょっと熱っぽいだけで、安静にしていれば、多分、よくなるんじゃないかしら。寄り道なんてせずに、まっすぐにわたしを新しい家まで連れていってくれてもよかったのよ」
令嬢が流行り病のことを知っている様子はない。だから、怯えることなどもなく、取るに足らない一時的な不調と見なして済まそうとする。
「どんな病気も」、とぼくはやや強引に断じるような口調で言った。「絶対に死なないという保証はありません。万が一があるということです」
令嬢は「大げさね」、と一笑に付したが、直後、「だけど」、と色を正した。
「何か、あなたの目には訴えるものがある気がする。場当たり的に言いたい放題言っているとは思わない。たとえば、昔、誰か大切なひとを病気でなくしたとか、そういう経験があるんじゃないかな。まぁ、これはわたしの憶測に過ぎないんだけどね」
「……」
ぼくは沈黙した。
一瞬、迷って、だけど、言ってしまおうと決めた。
「母を亡くしたんです。前に」
「え……」
「病気だったんです」
愕然とした様子の令嬢の顔は、依然、赤い。加えて、言葉遣いははきはきしてはいるものの、どこか表情がぼんやりとして、目の焦点が合っていないように、瞳の透明度が低い。
顔の赤さについて、発見があった。それは赤い原因が、どうも湿疹か紅斑のようだということだった。目を凝らさないとはっきり見えないが、彼女の火照りに見紛う赤い肌色は、無数の赤い斑点が出、肌を埋め尽くすことでそうなっているようだった。だから、ごく狭い範囲には、まだ赤くなっていない箇所が残っているのだった。
だが、その発見が、どうすればいいか迷っているぼくに対して貢献するところは、残念なことに、ほとんどないのだった。
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