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「フム。薬を取り扱っているお店を探していると」
男は受付の向こうで、ぼくの要件を聞いた。
ヒゲを鼻の下に蓄え、短い頭髪を後ろに向かって撫で付けている。額は広い。少年に対する時、大人に対するように、丁寧に応対するというのが彼の特徴のようだった。
その中は、この町の規模に相応しく込み合っていた。
石の階段を少し上ると半円形のポーチがあり、取っ手が金ピカの、両開きの扉が迎えた。
ギルドハウスだった。
「もちろん、ありますよ。何せこの規模の町ですからね」
「場所が知りたいんです」
「口頭で説明しても分かりますか?」
「出来れば、地図なんか描いてもらえると助かります」
「お安い御用です」
彼はその辺にある雑紙を手頃なサイズにハサミで切り、そこにインキを付けた羽ペンで描き出した。
医者が役に立たないと思うからと、ではどうすべきかと考えたところ、閃いたのは薬による療法だった。
母と暮らしていた村には、薬屋がなかった。だから、もし体を悪くしたら、その時は、村の医者を頼るしか手立てはなかった。
もちろん移動手段があるなら、薬屋がある村か町まで赴いて手に入れることも出来る。
行商で商人が薬を売りに来ることもあるが、知識がなければ、わけの分からないものをもっともらしい弁舌で言いくるめられて掴まされ、かえって悪化するということになりかねない。
そういうわけで、母の場合、他者の力を借りるとしたら、医者しかなかった。
そして先述の通り、医者の治療というのは、信用するには余りにも稚拙で、無鉄砲で、非理知的なのだった。また、薬を求めて遠出するには、母の運命は早くに決着してしまったのである。
発展の遅れた辺境の村などでは、神学が強く、あらゆる物事は宗教的手続きをもって行われる。合理性などは重んじられず、体に現れた症状を通じて神意を読み解くことが肝要とされる。根底には肉体に対する霊魂の優越があり、医師が要求するのは決まって、思弁による精神統一と、祈念であった。
心の持ちよう――そんなもので病気が治るなら、ひとは病死などしやしないだろう。
そう思って、おやじが地図を描き終える時を待ちながら、ぼくは腹立たしい思いに駆られた。
「ハイ、描けました。ちょっとご覧になってみてください」
ぼくは受付のカウンターの上で地図をじっくりと確かめ、おやじの説明を受けた。
存外遠くないところに、薬屋はあるようだった。
「どこかお悪いんですか?」
受付のおやじが特に興味もなさそうに訊く。
「いえ、ぼくじゃないんです。ちょっと連れ添っているひとが、熱を出しまして」
「ハァ、熱ですか。風邪でしょうか」
「風邪かも知れませんし、そうじゃないかも知れません」
「今、流行り病があるみたいですからねぇ。そういう風説を何度か旅人に聞きましたが、罹ったが最後、死んでしまうとか」
「いろいろ噂はあるでしょうね。でも実際はどうか分かりません。とにかく薬を手に入れて、効けばよし。効かなければ……その時考えます」
「お気を付けになってくださいね。薬屋に限らず、商人というのは客を騙すことがよくあります。結局彼らにとってまず大事なのは金儲けなのですからね。ある程度知識がなければ、詳しいひとといっしょに行くのがいいでしょう」
おやじの言うことは、ごもっともだった。
だが、ぼくには薬のことで頼れるひとはいなかった。
ブルーノは……彼は、頼れそうにはなかった。
あくまで直感だが、ブルーノを頼るわけにはいかなかった。彼がぼくに投げた意味ありげな視線を思い返す。その目には、隔たりの感じが見えた。ぼくを試験でもするようだった。
もちろん、最悪の状況が見えだしたら、そうも言っていられない。だが、それまでは自力でどうにかしようと思った。
騙されて意味のない買い物をするつもりはない。騙されないためには、知識がいる。知識は、しかし、ない。それを有する身近な存在もない。
だが、ぼくには前へ突き進むほかないのだった。
ぼくは地図を手に取り、おやじに頭を下げた。
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