***
花屋からそう遠くない薬屋を訪れたぼくは、花屋から薬草を預かってきたことと、じぶんが薬を求めていることを伝えた。
ゆったりしたローブを纏い、帽子を被った薬屋の主人は、机について読書中だった。
彼は最初、「いらっしゃい」と言いながら、ぼくという未知の客を怪訝そうに探るように見たが、花屋からの使いだと知ると、納得したように、それまでの警戒を解いて打ち解け、破顔した。
こぢんまりとした建物の中は、あまりリラックスした雰囲気ではなかった。瓶が棚にびっしりと並び、テーブルの上には分厚い書籍が山積している。瓶の中には、生き物が干からびたものが入っていたりし、何か寒々とした感情をぼくに覚えさせた。
が、びくびくしていても埒が明かないので、花屋のお使いであることを伝え、薬草を机の空いているところに置いた後、ぼくはもうひとつの用事を切り出した。
リーザ嬢の症状を教えたのだった。
主人は最初、ぼくが何を言い出すのかと困惑したようにポカンとしていたが、やがてぼくの意を汲み取ってくれ、「成るほど」、と納得するように言った。
「承知した。薬草を薬に加工すればいいんだね」
「発熱と湿疹があるんです」
「じゃあ、解熱効果のある薬がいいね。さて、どうしようか」
主人は棚の端から端まで顎を持ってじっくり眺め、好適な薬種を吟味するようだった。
何も知らないぼくは、後は彼に任すほかなかった。
彼はしばらく悩んだ後、数個の薬草の瓶を取り、机の上に載せると、適当と思われる量だけを抜き出した。
彼は隅の暖炉へ行き、薪を積んで火を付け、水で満たした宙吊りの鍋をその火にかけた。
沸騰した熱湯に先ほど選んだ薬種をぜんぶ入れ、グツグツと煮込み、煎じる。何とも言い難い異臭が嗅覚を刺激する。
やがて出来た薬液――飲み薬は、小瓶に入れられ、ぼくに手渡された。
代金は請求されなかった。ぼくがお使いをしたその報酬として、無償にするという、主人の取り計らいだった。
ぼくは感謝し、おどろおどろしい色をした
飲み薬を手に、薬屋を去った。主人はリーザ嬢の快復を祈念してくれた。
後は、彼女のもとへ帰るだけだった。悪化していないといいのだけど。
時間はそれほど経ってはいないだろう。空はまだ青い。
花屋とギルドハウスを含めた、寄ってきた建物が並ぶ通りを逆戻りし、坂道を、あの展望のよい、風のよく吹く広場へ向かって駆け上っていく。
角を曲がると、ぼくはベンチに座る、コンラートさんに寄り添われた令嬢を見つけた。
彼女は座りながらうつらうつらと舟を漕いでいるようで、コンラートさんは、不安そうに眉を下げた面持ちで俯いているのだった。
ぼくの帰ってきたことにコンラートさんが気付いても、令嬢はなお夢の中で、ぼくは正面に立って、その肩をポンと叩いて起こそうとした。
令嬢はゆっくりと目を開けたが、半開きで、ぼくを認識出来ているのかどうか、定かではなかった。
「……フリッツ?」
「お嬢様、薬をお持ちしました」
「薬……?」
その顔はまだ不自然に赤かった。所見では、病状は何も変わってはいないようだ。
ぼくは小瓶を令嬢の手に握らせた。コンラートさんはその液の気味悪さにしかめっ面になった。
寝ぼけた令嬢は妙に聞き分けがよく、意識がはっきりとしないのに、従順に返事をし、請われたことを聞き入れた。
彼女は小瓶を口に付け、空を仰いだ。中身が全部、彼女の口に流れ込み、そして、ゴクリと飲み込まれた。
一瞬の沈黙。
その間合いは、これからどうなるのかという恐れと興味を搔き立てた。
太陽も雲も、固唾を飲み込んだように、カチッと固まって止まったようだった。
令嬢は、咳のような音を口を閉じたまま立てると、両手で口を覆い、嗚咽を漏らした。
「オエッ。まずっ。ちょっとフリッツ。何よ、これ?」
彼女の両目には涙が滲み、流れた。よっぽど口が受け付けない味のようだった。
「苦しいでしょうけど、我慢してください。病気に効くみたいですから」
彼女はしばらく嗚咽を続けたが、やがて落ち着きを取り戻した。その顔は涙やら鼻水やらよだれやらでひどく汚れていたけど。
さて、と、ぼくは人心地が付く気がした。
取りあえず、令嬢のために一番やりたいと思ったことはした。人事を尽くしたとは言えないけれど、問題を認識し、思考し、熟慮し、実行した。
後は、いいように事態が転がり、収束することを願うばかりだった。
***