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あれから何日か経った。
ある朝のことだ。空色は爽快だった。
どうもありがとう。
令嬢はそう愛嬌のある笑顔で礼を述べた。
もうあの赤味はすっかり引いてなくなり、元の健やかな肌色に戻った。
薬が効いたようだった。
始めはむしろ悪化したのではないかと危ぶむほど顔の赤味が増したが、それは単にまずい飲み薬を飲んだことによる興奮に由来するものであって、病気のせいではなかった。
結局、令嬢が患ったのが、例の流行り病なのか、ただの風邪なのかは、分からない。
でも、結果オーライという具合で、全ては本来そうあるべき形で存在している。
それは、令嬢の笑顔が明らかに示している。
リーザ嬢は、きっと色っぽい女の人になるんだろうなぁ、と予想させる端正な顔立ちとプロポーションをしている。
ぼくは、彼女が将来たくさんの好意を受け、その内のどれかを受け入れるか、もしくは全部もてあそんで退ける様を想像して、何だか笑みがこぼれた。
ぼくだって例外ではなく、異性に対する興味やロマンチックな恋への憧れは人並みにあった。
そんなぼくが、しかし令嬢に人間としての好意は持っても、異性としての好意まで持たなかったのは、ひょっとすると、ミアの存在があったからかも知れない。
令嬢がホームステイする家は、城下町がある丘陵の内、比較的緩やかな斜面に建っており、そばには川が流れていた。物と人とで溢れる中心から離れた郊外で、自然豊かで、畑作が盛んなようだった。家は、破風屋根を被った土壁の家で、村で見たあの邸宅と比べると、見劣りする感じは否めなかった。だが、ほどほどに綺麗で、ほどほどに広くて、ぼくみたいな貧民からすれば、十分立派だった。
令嬢は親戚に温かく迎え入れられた。老夫婦で、仕事をしていないようだが、かつてしていた仕事で蓄えたのか、食べるのに困らないどころか、親族を寄宿させられる程度の財産を持っているようだった。
彼らは令嬢と調子を合わせて、ぼくらに頭を下げた。
「では」、とブルーノが切り出す。「一応、証明ということで」
彼は一枚の白紙を取り出し、令嬢に渡した。
令嬢は飲み込めず、首を傾げた。
「我々が任務を完遂した証が要るんです。名前を書いて、指印を押してもらえれば結構です。こちらに羽ペンと墨がありますので。文章は、テキトーにこちらで書いておきます」
令嬢は承諾し、羽ペンで名を記すと、墨で指の先端を濡らし、紙にギュッと押し付けた。くっきりとした指紋が紙に浮かび上がった。
「あなたたち、これから村へ帰るんでしょう?」
と、リーザ嬢。
「はい」、とブルーノが応じる。
「気を付けて行きなさいね。後、パパによろしく。」
ブルーノはニコッと笑い、「分かりました」
「コンラートも」
執事は、ぼくらと同行して、村に帰るのだった。
ぼくとブルーノのそばで、しゅんと、精彩を欠いた様子だ。きっと令嬢のそばを離れるのが寂しいのだろう。あるいは泣くかもしれないと思うような渋面をしている。
さて、ぼくらの旅をひとまず目的を果たし、後は帰るだけという段になった。
まだ報酬は依頼主から受け取っていないが、ぼくが主体となって行動した部分を評価して、ブルーノは事前に報酬をくれた。美味しいご馳走が余裕で買えるくらいの額で、これだけあれば、きっと服だって買えるに違いないと、悦びと共に確信した。
村へ戻ったら、服屋に行こう。ミアに会いに、そして、服を買いに。
村を発って、一週間ちょっとくらいが過ぎた。何か変わっていることでもあるだろうか?
ぼくは、ミアが元気に過ごしていることを信じ、また期待した。
令嬢のたくさんあった荷物をすっかり下ろして、馬車は軽快に帰り道を駆けていってくれるだろう。
夏の暮れに差し掛かった空は、心なしか、盛夏の時より、高くなったように、ぼくの目には見えた。
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