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身支度を整え、ぼくとブルーノはキャンプを引き払い、湖を発った。
最初、久しぶりにまとまった荷物を背負った時、その重さ、窮屈さにずいぶん憂鬱になった。
なぜなら、それまでは荷運びはコンラートさんの馬に任せていたからだ。
改めて旅することの辛苦を思い知り、ぼくは、これからなさねばならないことの困難さが倍増したようで、気が塞いだ。
ブルーノにキャンプはそのままいつでも戻ってこられる拠点にでもしてはどうかと提案したが、誰かに占領されるかも知れない、とか、いちいち戻ってくるのが面倒、とか、幾つかの難点を指摘され、却下された。
空は晴れ、涼しかった。
が、それは朝だけのことで、まだ初秋に過ぎない時分である今、日が昇るにつれ、気温がどんどん上がっていき、太陽は夏同然に盛んに燃え、残暑が厳しかった。草木が生い茂り、砂地になっているところにはうっすらと陽炎が見えた。
汗だくになって村の近傍の木立に辿り着くと、ぼくらは見つかりにくい木陰を選んで荷物をそこに隠した。
いよいよ入村というところだが、まずは遠目で様子を窺った。
すると、村の出入口に、二人の男の立っているのが見えた。見張りのようだが、武器の槍をその辺に立てかけて、不真面目そうに葉巻をふかして空を眺めていた。
服を持っていないのか、長い布を腹巻にし、ペラペラのベストをその上に来ている。そのため、胸元は露わになっている。下はダブダブのズボンを履いている。
あまり、親しくしようと思える人相ではなかった。戦いに明け暮れしているのか、あちこち傷だらけで、血肉に飢えた肉食獣のように、目付きが据わっている。
どこかの勢力とするには、彼らは身なりが粗雑で、何より、集団であの村を占拠しているわりには、統率されている感じがなかった。
彼らはブルーノが言うように、ただの賊で、あの村にいるのは、残された物品を拾得して、後で商人にでも売って金銭にするからだろう。
「いいか、フリッツ」
ブルーノがささやく。
「おれがあいつらの内片方を誘導するようにするから、お前はもう片方をやれ」
「……わかった」
固唾を飲み込んで、ようやく答えることが出来った。
ハァ、と見張りの内、一人がため息を吐いた気がした。
ぼくはよく耳を澄ました。
「暇だぜ。親分はいったいいつまでこの村に居座るつもりだろう」
「さぁな」、ともう一人が言う。「気が済むまでなのは確かだ」
「もうめぼしいものはないだろう。粗方取っちまったんだし」
「がめつい親分のことだから、隅々まで漁るまでは終わらないんじゃないか?」
「やれやれ」
「おれ、ちょっと見てくるよ」
そう言い残して、片方が立てかけた槍を携え、村の中の方へ歩き出した。
その動きの移ろいをじっくりと、物陰から得物を狙う猫のように監視していたブルーノは、見張りの動きに合わせて動き出し、「じゃあ、頼むぜ」、と言って、ぼくを離れた。
ぼくはどうしようもない心細さに押しつぶされそうだったが、ただ黙ってブルーノの姿を見送るばかりだった。
今更やっぱりやりたくないとは言い出せなかった。
彼はきっと、大回りに、村の中へと向かった見張りへとアプローチして、後はどうするか、さっさと始末するのか、尋問するのか、とにかく彼のやろうと思うようにやるだろう。
ぼくは草むらにいて、しばらく残った見張りを見つめていた。
相変わらず、葉巻をふかして、無聊を託っている。
脇汗、手の震え、動悸……ぼくはひどく緊張し、戦慄していた。
やることは単純だった。頭で考える必要はあまりなかった。あるとすれば、どうすれば即死させられるかという問題くらいだった。
それも、ぼくが今腰にさげている剣で腹でも胸でも貫いてしまえば、恐らく相手は死ぬだろう。従って、さほど難題ではないように思える。
ぼくは草むらの枝を握り、ユサユサと揺らしてみた。
すると、見張りははっとしてこちらを見たが、あまり関心を示さなかった。
ならば、と、ぼくは、忍び足で見張りを軸に回るように、だけど物陰に隠れることを忘れずに動き、ちょうど赤い木の実が落ちていたので、それを拾い、転がるように投げてみた。
ぼくは行く末をじっと見守り、彼がとうとう、槍も持たず丸腰で村の出入口を離れ、赤い木の実の方に歩み寄りだした時、ぼくの鼓動は最高度に昂り、ぼくは非常に居心地が悪かった。
逃げ出したかった。だが、ぼくの意志がそれを拒んだ。だからといって、決行出来るほど、ぼくは慣れていないし、思い切りもよくなかった。
二律背反の思いの狭間で、ぼくはじりじりと焦りと強迫観念に心を焼かれるようで苦しかった。
やれ、やれ、やれ、という声が内から聞こえた。
その他方、やめておけ、やめておけ、やめておけ、という制止の声もまた聞こえた。
様々なイメージが目くるめくぼくの目の前を流れた。亡くなった母の顔、ブルーノの顔、ミアの顔、リーザ嬢の顔、コンラートさんの顔、その他、旅で見かけたり出会ったりした人々の顔がすぐそこに浮かんでは、遠のいて小さくなった。
――やれ!
そこで内なる声は止んだ。
ぼくは跳ぶように駆けだしていた。思考では動いていなかった。もう考えることをやめ、手に武器を持ち、刺殺だけを念じ、赤い木の実へと向かっていき、そして、その後ろから、だいたい胴体の中央より、少し上を、みずからが持つ剣で、貫いた。
感触は、やわらかいものを、串刺しにしたようだった。
見張りは、声にならない呻きめいた声を漏らすと、びくびくとしばらく震え、やがて動かなくなった。
かがんで木の実を拾おうとしたところに、ぼくは剣を突き刺して、その切っ先は、斜め下に、地面に向かって下がっている。
血が出てくるはずが、出なかった。
何となく、急所を外してしまった気がして、恐る恐る剣を抜いたら、死体がばたりと倒れ、それが杞憂だと分かるくらい、その周りには、赤黒い血だまりが、みるみるうちに広がっていった。
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