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それは、偶然のことだった。
ぼくはもう、力が抜け、ぐったりとし、何もしたくなかった。
廃村より逃げてきたぼくとブルーノは、ひたすら歩き続けた。互いに特に口をきくこともなく、黙って足を運んだ。
ぼくらは分かっていたのだ。今会話して出てくる言葉など、きっと、強がりであれ、配慮を含んだものであれ、多かれ少なかれ気を滅入らせるものになるだろうことが。
だから、それぞれ、おのれの中にあるネガティブな感情や印象を、歩くという運動に集中することで、薄め、弱めようとした。
だいたい二時間くらい、歩いたかと思う。
ぼくらはある城跡を見つけ、そこに取りあえず留まることにした。
城跡といえど、大半は損壊して辺りに崩れており、つる草が生い茂っている。が、辛うじて雨風をしのげる形で残っている部分があり、ぼくらはそこに荷物をまとめた。
ちょっとの休憩だけに利用するか、何なら一晩過ごしてしまうかは、迷っていた。
腹ごしらえをし、風に涼んでしばらくした頃、ぼくらはハッとした。
何かが、近くにいる。
「シッ――」
ブルーノが人差し指を口元に持ってくるジェスチャーを見せると、壁に背中をピタッと付け、目を細めて耳をそばだてる。
足音がする。
獣か、人か。敵か、味方か。
ぼくは今日の出来事から、精神が解けない緊張に支配されており、悲観的な想像を浮かべると、そばにある、かつて通路になっていた空洞に身を潜め、こわごわと腰の剣の柄を持ち、臨戦態勢をとった。
ハッ、ハッ、ハッ……。
息が荒い。
もう、血なまぐさいことは御免だった。
だが、覚悟を決めないといけない。そういう意気込みでゴクリと固唾を飲み込み、なにものかの出現をびくびく待ち受けたが……。
――?
ブルーノは、きょとんとした。
ぼくも、おなじ様子で立ち尽くした。
現れたのはひとだったが、ぼくらを見た途端、ビクッと跳ねて驚き、その勢いで腰を抜かした。まさかこんなさびれたところに他にひとがいようとは予想だにしなかったようだ。
「あなたは……」
それも、子供だった。ぼくは目を丸くした。
「ミア、ミアじゃないか!」
ぼくは瞬く間に脳裡をよぎる回想に同じ顔を眺めると、颯爽と物陰より出、彼女を迎えた。
ブルーノは、彼女を知っているのか、と問うた。
「うん。あの村――ゲールフェルト村にいた、服屋の子さ」
「フリッツ!」
彼女はよろめきながら立ち上がると、ぼくのそばまで駆け寄って来、ぼくの右手を両手で取った。そしてその場で跪き、ぼくの右手に額を当て、ツーッと一筋の涙が頬をつたったかと思うと、嗚咽を漏らして泣き崩れた。
真っ赤な顔が、涙でべたべたになった。ひどい有様だった。
ミアは、ただ泣くばかりで、何も言わなかった。髪は乱れ、服はずっと同じものを着ているのだろう、あちこち汚れ、しわしわだった。
ブルーノはもちろん、ぼくも、突然の再会と彼女の取り乱した様子に戸惑い、どうすればいいのか分からずうろたえた。
ミアが、どうして……。
彼女はぼくの意中のひとだが、今は恋心よりも同情の念が強く、格好つけたり、気を惹こうとしたりすることは頭になく、とにかくぼくは、彼女を哀れに思った。
とりあえず、状態が落ち着けるまでいたわってあげようと思い、ぼくはかがんで同じ目線の高さでミアを見つめた。そして空いている左手を、ぼくの右手を包む彼女の両手に、そっと添えた。
小さな手だった。子供の、ぼくと同じか、あるいはそれより小さい、無垢を思わせる、きゃしゃな手だった。
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