***
おい、君、と声をかけられた。
畑でのことだった。
「はい」
悄然とぼくは返す。相手の言おうとしていることは、事前に分かっているのだ。ぼくは責められるのだ。
「君のお母さんは、また今日も休みか?」
「……」
「もう数日も来ていないが、どうなっているのかね?」
畑の管理をしている土地の領主に雇われた、いわば現場監督だった。横柄な領主とみみっちく働くぼくらの板挟みであり、そういうストレスを抱えている。やつあたりをすることはしょっちゅうで、結局そういうことの対象は、ややもすれば弱い立場のものになりがちで、ぼくら従順で卑屈ででくの坊の農奴はよく、指導という名目のもと、精神的、身体的打擲を受けてきた。
「体の具合が、悪くて」
ぼくの口吻はおのずと歯切れの悪いものになる。決して楽しい話題ではないし、あまつさえ相手が心を許せる存在ではないのだ。
「チッ」、と現場監督が不機嫌そうに舌打ちし、ぼくをギラリと睨む。その目付きは、まるでぼくが全ての元凶ででもあるかのようで、それに晒されるぼくは、ますます委縮してしまうのだった。
「ごめんなさい」、とぼくは焼石に水を承知で、陳謝する。
「這ってでも出てくるのが労働者というものだがね。ちょっと具合が悪いくらいで、ゆっくりされては困るのだよ。分かるかい?」
腕組みをして指で二の腕をピチピチ打って、貧乏揺すりまでして、現場監督はいかにも苛立っているようだった。
「まぁ、こちらとしてはいなくなっても構わないがね。代わりはいくらでもいる。労働者など、ただの駒に過ぎん」
「……。」
「君の生活も、母を抜きにしては成り立たないわけだろう。強引にでも連れてこないと、後々ひもじい思いをするだろうよ」
ペッ、と現場監督は、捨て台詞を、汚いツバと共にぼくのそばに吐き捨てて、去っていった。
今日の仕事はニンジンの種蒔きだった。浅い穴をあけて、小さい種をまき、土を被せ、水をやる。長い畝に、短い間隔でおびただしい数をやらないといけないので、大変だ。だが、気張ってやり遂げるしかない。今、稼ぎ手はぼくしかいないのだ。
今日の天気は曇りだった。しかも蒸し暑い油照りという天気で、とても居心地が悪かった。
母はだいじょうぶだろうか。ニンジンの種蒔きをしつつ、案じる。
母は体調を崩した。あのお風呂屋さんに行った翌日のことだった。だが、前兆はその日すでにあって、倦怠感、食欲不振、憂鬱を訴えた。程なくして発熱し、それ以降ずっと、安静を守り、病床に臥せっている。
医者に診てもらおうと提案したが、母が頑なに拒絶して、ぼくはそれに逆らうことが出来なかった。まさか、医者に払うお金まで倹約するつもりではあるまいと思うが、ここまで病態をこじらせてしまった以上、自然治癒を待つのは無理がある気がする。
ぼくは、どうすればいいのだろうか。
悩むぼくの頭の片隅には、風呂屋で声をかけてきた男の噂話が忘れずにあって、母の病がその噂と関わりがあるのではないかという疑念が、この空を覆う雲のように、ぼくの心を暗くしてしまっている。