さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

9 / 451
第9話

***

 

 

 

 おい、君、と声をかけられた。

 

 畑でのことだった。

 

「はい」

 

 悄然とぼくは返す。相手の言おうとしていることは、事前に分かっているのだ。ぼくは責められるのだ。

 

「君のお母さんは、また今日も休みか?」

 

「……」

 

「もう数日も来ていないが、どうなっているのかね?」

 

 畑の管理をしている土地の領主に雇われた、いわば現場監督だった。横柄な領主とみみっちく働くぼくらの板挟みであり、そういうストレスを抱えている。やつあたりをすることはしょっちゅうで、結局そういうことの対象は、ややもすれば弱い立場のものになりがちで、ぼくら従順で卑屈ででくの坊の農奴はよく、指導という名目のもと、精神的、身体的打擲を受けてきた。

 

「体の具合が、悪くて」

 

 ぼくの口吻はおのずと歯切れの悪いものになる。決して楽しい話題ではないし、あまつさえ相手が心を許せる存在ではないのだ。

 

「チッ」、と現場監督が不機嫌そうに舌打ちし、ぼくをギラリと睨む。その目付きは、まるでぼくが全ての元凶ででもあるかのようで、それに晒されるぼくは、ますます委縮してしまうのだった。

 

「ごめんなさい」、とぼくは焼石に水を承知で、陳謝する。

 

「這ってでも出てくるのが労働者というものだがね。ちょっと具合が悪いくらいで、ゆっくりされては困るのだよ。分かるかい?」

 

 腕組みをして指で二の腕をピチピチ打って、貧乏揺すりまでして、現場監督はいかにも苛立っているようだった。

 

「まぁ、こちらとしてはいなくなっても構わないがね。代わりはいくらでもいる。労働者など、ただの駒に過ぎん」

 

「……。」

 

「君の生活も、母を抜きにしては成り立たないわけだろう。強引にでも連れてこないと、後々ひもじい思いをするだろうよ」

 

 ペッ、と現場監督は、捨て台詞を、汚いツバと共にぼくのそばに吐き捨てて、去っていった。

 

 今日の仕事はニンジンの種蒔きだった。浅い穴をあけて、小さい種をまき、土を被せ、水をやる。長い畝に、短い間隔でおびただしい数をやらないといけないので、大変だ。だが、気張ってやり遂げるしかない。今、稼ぎ手はぼくしかいないのだ。

 

 今日の天気は曇りだった。しかも蒸し暑い油照りという天気で、とても居心地が悪かった。

 

 母はだいじょうぶだろうか。ニンジンの種蒔きをしつつ、案じる。

 

 母は体調を崩した。あのお風呂屋さんに行った翌日のことだった。だが、前兆はその日すでにあって、倦怠感、食欲不振、憂鬱を訴えた。程なくして発熱し、それ以降ずっと、安静を守り、病床に臥せっている。

 

 医者に診てもらおうと提案したが、母が頑なに拒絶して、ぼくはそれに逆らうことが出来なかった。まさか、医者に払うお金まで倹約するつもりではあるまいと思うが、ここまで病態をこじらせてしまった以上、自然治癒を待つのは無理がある気がする。

 

 ぼくは、どうすればいいのだろうか。

 

 悩むぼくの頭の片隅には、風呂屋で声をかけてきた男の噂話が忘れずにあって、母の病がその噂と関わりがあるのではないかという疑念が、この空を覆う雲のように、ぼくの心を暗くしてしまっている。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。