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転ばぬ先の杖というが、オットーは、かの地へ行くのに、一体何を持っていけばいいのか皆目分からなかった。何が最低限必要で、何が出来ればあったらよくて、何がまったく不要なのか、選別出来なかった。何せかの地が平和とは程遠いと思われる環境なので、自己防衛の手段は入念に講じるべきだろう。――いや、むしろ身軽で行くのが、逃げる時にさっと逃げられてよいのではないか。
オットーの苦悩は尽きなかった。
そうこうしている間にも時間は過ぎていく。ためらったり迷ったりして出発が遅れれば遅れるほど、所長は機嫌を悪くする。もう事務所に彼の居場所はなかった。任務を終えるまで帰ってくるなと言わんばかりの感じだった。
もうわがままの利く年齢ではとっくになくなっていたので、とうとう凡庸な青年は、観念し、荷物をまとめ、身支度を完了させた。結局装備は付けず、飛脚の軽装で旅することにした。最悪死んでもいい気がした。その可能性は十分あった。彼の二十年余りの人生で、死への想像や、死についての考究は、近親者を失くした時や、何かで挫折して生き方に悩んだ時など、何度かあり、死と触れ合う経験を通じて、彼はとりあえず、いつ絶命してもいいという死への寛容さを手に入れたのだった。一方で、がむしゃらに生きるという執念を失ったけど。
出発は朝だった。薄曇りの空模様で、何とも意気を削ぐ雰囲気が満ちていた。両親は息子に、彼がただの小旅行にでも行くように軽い送別の辞をくれてやるだけで、それは気乗りしない彼の背中を押すには余りにも共感に欠けており、薄弱過ぎ、相応しくなかった。それでも彼は苦笑で返して出発した。
やれやれという具合で城下町を出入口へと向かって歩いていくと、途中、学生とすれ違った。濃い褐色の髪を後ろでくくった、何となく見覚えのある女学生だった。革のバッグのストラップを肩にかけている。
彼女は落ち込んだ風に俯いてとぼとぼと歩いていた。
オットーが見るともなしに、見覚えがあるからというのと、美少女といえなくもないその容貌に魅せられて、見ていると、やがて互いの目が合った。
時間が一瞬、凍り付いたようだった。
オットーは、ギクッと、女学生の瞳を見、何か自分が悪いことでもしている気分になり、恥じ入るようにたじろいだ。
一方で美少女と言えなくもない女学生は、ちょっとの間ぼんやりと彼を見つめた後、目を見開いて「あっ」、と発し、指差した。
「あなたは!」
リーザと顔を合わせるのは、彼女の寄宿する家に手紙を返却しに行って以来、二度目だった。
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