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まだミアの話を聞きたいのは山々だったが、後のことを考えて、途中で切り上げた。ぼくとしても、あまり彼女から話を聞き出そうとするのは、彼女に対してよくないという気がした。つらい経験をしたのだ。その経験を語って聞かせてくれるよう頼むのは、彼女につらい経験を記憶の中で反復させることになる。彼女のことを思うなら、しばらくはそっとしてあげるのがよいだろう。
何より、ぼくらは食料に不自由していた。手持ちのパンはもうぼくとブルーノとミアの三人を満足させられるほどはなかった。
じき夕方に差し掛かる。暗くなる前に、食べられるものを探しに行かないといけない。最悪一晩くらい飲まず食わずでも越せるだろうが、憔悴している少女に気の毒だった。
ぼくとブルーノは手分けしてちょっと周りを探索しに行くことにし、その前に、ミアに、ちょっとの間ひとりになるが大丈夫かと訊いて気遣い、彼女が頷いてくれたことで、ぼくらはそれぞれ、心置きなく出かけることが出来た。
「そうだ。ねぇ、ミア」
と、ぼくは彼女に呼びかけた。ブルーノはさっさと行ってしまった。
「うん」
というミアの返事。彼女は膝を抱えて座っている。
「寒くはない? もう最近は夜になると、真夏みたいに暑くなくなって、むしろちょっと肌寒いくらいでしょう」
「そうね。でも、薪があるから」
彼女は、ぼくとブルーノが旅の途上で拾い集めた細かい薪の堆積に目を遣った。
「起こせるの、火?」
「起こせるよ。それくらい出来るわよ。火打ち石は、時々手が痛くなるけどね」
そう言って、ミアは苦笑した。
「そう。でもひとりの時は、焚火はやめておくのが無難かもね。ここは城跡で屋根があるけど、煙が昇って、何か引き寄せないとも言い切れないし」
「分かったわ。気を付ける。フリッツも気を付けてね」
「うん。すぐ帰ってくるよ」
ぼくは駆けだした。
城跡を壁の外に出ると、遠くに山並みが見える。その麓には木立がある。
――そういえば、水場が近くにない。水は絶対に必要だから、川か、池か、とにかく水源を見つけないといけない。
山の麓まで行こう。今から走れば、暗くなる前には間に合うだろう。水はひょうたんの水筒に汲めるだけ汲み、また、水場にどうせ行くのなら、魚もついでに見てこよう。
せめて今夜は平和に過ごせるようにしたい。そのためには、寝床はまぁ城跡の崩れかけの内側でよしとして、後は食料と飲料が必要だ。
息せききって走りながら、腰の短剣がゆさゆさと上下に揺らぐ。手で押さえるとピタッと落ち着くが、離せばまた揺らぐ。
ぼくはまだ忘れていない。ぼくは今日、業を背負った。人を殺めたことで負う極めて重い業だ。
この剣を、自分を守るためにだけ使えればよかったのだが――。
淡い透明な雲が浮かぶ秋空は広大だった。
その広さは、ぼくのその重い業を委ねるには、十分すぎるほど広く、また頼もしく、ぼくは、このまま天上まで駆け上っていけたら――という逃避願望に、微かに背中を押される気がするのだった。
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