エレベーターの扉が開く。
重々しい鉄の扉が横に徐々にスライドし、その隙間から光が漏れ出る。
その光は輝かしい未来を暗示──している訳ではなくすぐに薄れて消えてしまう。
「到着、level4、『Abandoned Office』…って寒っ!え、寒い寒い寒い寒いって寒い!さっきまで灼熱だったのに極寒っ!」
扉が開いた瞬間、身を裂くような冷気が吹き付けてくる。
エレベーターの扉の向こう側に広がるのは、家具ひとつない空っぽのオフィス。
薄暗い部屋は、窓から漏れ出る微かな光によって照らされている。
窓の外では、先も見えないほどの猛吹雪が吹き荒れていた。
エレベーターを出て、周囲を見回す。
単純な構造のオフィスビル。しかし、その内部は丸で外にいるかのような冷たさ。
それだけではない。部屋全体から薄気味悪さ、冷え冷えとした何かを感じる。
「おかしい、俺の知ってるlevel4と、違うぞ…」
情報によれば、放浪者によって形成された幾つかの集団がある筈。
しかし、人の気配はおろか、エンティティの気配さえ感じない。
「…おい、これやべえんじゃねえか」
肺に満たされた真冬の冷気が、体を震わせる。
「今のところ周囲に罠やエンティティの反応はありませんが…別のレベルに来てしまった?」
「いや、そんな筈は…部屋の構造自体は、そのまま俺の知ってるlevel4と同じなんだ。ただ、この寒さが、そして窓の外の吹雪が情報にはないんだ。…ドーラからも驚いてる感じの反応があるぜ。」
「うーん…探索しないことにはなにもわからない、ですね。『中位アンデッド創造』」
保存していたエンティティの死体を媒介に死の騎士を二体呼び出し、自分たちの周囲を守らせる。
死の騎士の全身鎧の表面には、薄らと霜が降りていた。
「とりあえず、離れない様にして、周囲を調べますか。」
「だな。」
エレベーターが視認できる範囲でオフィス内部を探索する。
先程までの灼熱の閉所とは違う、極寒の広々としか空間。
オフィスビルという、普段見慣れている筈の場所なのに、いやだからこそ空間の異常さが際立ち、それが精神を引っ掻く。
「あー、残業で日を跨いだあのデスマーチを思い出す。」
「やべえな、それ」
だだっ広い部屋の中には、ポツポツとコンクリート製の柱が数本。地面の所々に、かつてそこに家具が置かれていたであろう痕跡が見つかる。
「本当なら、アーモンドウォーターをはじめとしたオブジェクトが購入できる自販機とかある筈なんだけどなぁ、くっそ、ネットに転がるソシャゲの有象無象の攻略サイトとは違って超正確なのがM.E.Gが運営するデータベースの売りなんだがな…似たようなレベルの情報もないし、どうなってんだこれ」
床の凹みを撫でる。
明らかに、重量のある何かがそこにあったのは確実だ。
「ワザップじゃないんですから…」
「おい待てそのサイト100年後にも残ってるのかよ!?」
常に何時でも戦闘に入れるよう、そして逃走できるように常に構えながらも、気を張りすぎないように雑談しながらオフィスを調べる。
エレベーターが視認できる限界地点まで来たあたりで、突然ドーラがバックパックから飛び出し、駆け出す。
「おい、モモンガ、ドーラが何か見つけたみたいだぞ!『視界共有』…あ、なんだ?扉と…階段、か。」
ドーラの駆け出した方向。
そこにあったのは、なんの変哲もない、オフィス内部に普通にあるような扉と、床と同じ材質でできた階段。
「…level4にある階段は、登るlevel160か、level3に戻される…まぁ、此処が本当にlevel4なら、だがな。」
「《第一位階不死者召喚》。階段の先はアンデッドに先行させてどうなってるかを確認しましょう。で、問題は目の前の扉ですが…罠は無さそうですね。」
「開けるしかないよな…ヘクシュン!」
ドアノブを調べようとしたところ、急に寒気がしてマイケルは思わずくしゃみをしてしまう。
「あ、そういえば寒いですよね。大丈夫ですか?マイケルさん。」
「やっぱり寒かったり暑かったりが問題ないのはモモンガが羨ましいぜ…ま、まぁ俺は真冬のアラスカにいたこともあるからな、平気…やっぱ辛えわ。さみぃ。」
寒さに悶えている様子のマイケルに、モモンガはアイテムボックスから取り出した長袖のコートを渡す。
そして、今度は同じく震えているドーラに、真紅のマントを被しながら言う。
「まぁ、碌な魔法もかかっていないコートですが、多少は暖かくはなるでしょう。」
「いや、悪りぃ、本当に助かった。まじでなんでもあるな、そのモモンガのアイテムボックスの中には。日本の例の青狸みたいだ。」
モモンガになされるがままにマントをつけられていたドーラだったが、暫くじっと扉を眺めていたかと思うと、突然マイケルに向かって、『入らない方がいい』と言う思念を送り始める。身振り手振りも使って、必死に。
「『入らない方がいい』?エンティティでも探知したのか?違う、罠があるわけでもない、ただ、『なんとなく入らない方がいい気がした』か…」
「『上位アンデッド創造』
見ただけで作動する系統の罠があっても困るので、モモンガは内部に入った死霊たちに念話で内部の様子を伝えさせる。
伝えてきたのは、割れた窓、人間の集団が生活していた痕跡、そして英語と思わしき言語で書かれた折れた看板。
戦闘痕や、罠の形跡はなく、生命の反応も一切ない。
「人の痕跡…移住した?窓が割れたことで熱が保てなくなり部屋を放棄せざるを得なかった?ふむ…」
「つまりは、見た感じの危険はなさそう、ってことだな。これ以上此処で止まってても埒があかない。人の痕跡があるのなら、そこに此処の情報もあるかも知れねえ、突入する…ぞ?」
「えぇ、それしかないでしょうね。最大限の警戒は怠らず、にですがね。」
「はは、そりゃそうだ。」
死の騎士にドアを開けさせ、部屋全体に目を走らせながら突入する。
報告にあった通り、人の痕跡はあるが、生命の気配はない。既に放棄されてしまった、しかもそれほど日にちは立っていない、そんな印象を抱かせる。
まず、目に入ってきたのは、折れ曲がった看板のような物だった。
「The Deniers…『否定する者達』…か。モモンガ。どうやら此処は本当に俺たちの目指していた、『level4』と同一のものである可能性が高まってきたぜ。The Deniersは、このlevel4に拠点を構える放浪者の集団だったはずだ。そう、否定する…『自分たちはバックルームにいるという現実』から目を背けて、この狭いオフィスを現実世界と思い込む、脱出を諦めた連中の集まりさ…なぜ、その拠点が空になっているかは謎だけどな。」
「現実を、否定する…」
何か思うことがあったのか、拾った木片を眺めながら、モモンガはその向こう側を眺めるようにして目を細める。
「いや、関係ない、か…」
「ん、何か言ったか?モモンガ」
「いや、なにも…それよりも。殆どの設備が手付かずのまま残っていますね。まるでそこにいた人間だけが消え去ったかのような…。」
そばでは、ガラスの容器に腕を突っ込んで、抜けなくなったドーラがもがいていた。
腕を振り回すうちに、その容器は勢いよく抜けて、小さな丸机の上に置いてあった木箱に当たる。
地面に落ちた衝撃でその箱の蝶番は外れ、中にはいっていたものが露わになる。
「あー、なんだ?これは…日記?」
「日記帳、ですねえ…まぁ私読めないんですけどね」
「お手柄だぜ、ドーラ!盗み見るのもよくねえが、まぁ背に腹は変えられねえか、読ませてもらうぞ。」
ぺらり、と表紙を捲り、日記を読み進める。
Day:1890
そういや、この狂った世界に入ってもう5年近くになるのか。
M.E.Gの隊員としてそこそこいい生活は出来ているし、慣れれば此処も悪くないかも知れないな。
いい同僚も沢山いるし、エンティティも対処法がわかれば可愛い物だ。
Day:1902
同僚がスーパーアーモンドウォーターを入手したらしい。勿体無くて一生使えなさそうだと笑っていたがな。
俺はアーモンドの味がどうも苦手だからミルクの方が好きだな。バナナ味のあれを飲むようになってからここのところ幸運続きだ。
ホットミルクのおかげでよく眠れるようにもなったしな。
そこから先は、数十日以上にわたって、日々の何気ない話が綴られていた。
「バックルームに完全に順応してそうなやつがThe Deniersに?どういうことだ?」
疑問を持ちながらも、先に読み続ける。
そして200日分ほど立ったあたりで、気になる記述を発見する。
Day:2081
明日は、level3999突入作戦の日だ。
行き方、内部情報の正確性に難があったため、今までデータベースには記載されてこなかった、フロントルームに確実に帰還できるlevel、3999。そこへの行き方がようやく確立されて、明後日からデータベースに掲載のこのタイミングで、突如として内部からの救援信号、そのあと完全に内部との通信が絶たれたらしい。
同時期に、You win!に到達できたほんの一握りの放浪者から、「entity555」と未知のエンティティが交戦中、放浪者やcheatedのパーティゴアー達も協力して未知のエンティティに対処中、との情報がきた。
ここ数週間で起きた「フロントルーム」と繋がっているという噂や事実があるlevelが突如として通信不能になるこの一連の現象。
You win!の情報から、通信不能になったlevelには何かしらの敵性生物がいる可能性が高いと言える。
その為に、先行部隊として精鋭部隊がまずlevel3999に送られることになった。
まぁ、なんとかなるだろう。運良く書庫にたどり着いて魔術使いになった隊員や、銃の名手と呼ばれる隊員、霊感が強いとかで誰よりも早くエンティティを見つける隊員だっている。あの!を突破した隊員もいる。全員が全員精鋭中の精鋭だ。
とはいえ、予想外には気をつけなくてはな…
Day:
ああああああああああああああああああああああああ!!!!
なんだ、なんなんだ、なんなんだあれは!
あれは神だ?違う、あれは断じて女神などではない!
荒々しい怒りが、
レベルが歪んで、みんな死んだ、囚われた!
エンティティも、俺たちも!
真紅の騎士がいなければ俺は死んでいた、あれはバグだ、グリッチという概念だ、あれはなんだ、
そうだ、SHEに出会えば誰も生き残れない、
なんなんだ、なんなんだ!どうしてあんな化け物が存在しているんだ!
あれはフロントルームを目指している。バックルームも、フロントルームも、SHEが果たせば全て弄ばれる、壊される、
誰か、誰かあれを殺してくれ、
あれを、
なんなんだ、
たすけてくれ、
SHEは常に私たちを見ている
Day
ああ、逃げ切ったのか。
俺1人が。
たどり着いたのは廃オフィス。ここから本拠地に戻ることもできるが、もうそんな気も失せた。
放浪者の手助けをして、それで何になる?最後はどうせ苦しみの果てに死ぬだけだ。それが近いか遠いかの違いでしかない。
Day
否定する者達は、俺のことを優しく向かい入れてくれた。
かつては現実から目を背ける臆病者だと笑ったこともあったが、今ならわかる。
そうやって彼らは心を守ろうとしたんだ。
今は、この空間が心地よい。ここにいれば、アレのことも忘れられる。
Day
今日は特に何もない1日だった。
Day
今日は何もない1日だった。
Day
誰かに見られている気がした
Day
今日は何もなかった。
Day
何もなかった。
Day
この地獄は、この地獄は心の拠り所さえ奪うのか、ちっぽけな現実さえも奪うのか!
此処は別の何かに変わってしまった。
おそらく、安全性という面では大した違いはない…だが、バックルーム特有の超常現象そのものに、俺たちの心は耐えられなかった。
そうだ、簡単なことだったんだ
あの窓の外に、あそこへと落ちれば。
ここから消え去ってしまえば。
そうすれば、全てを忘れられる。
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次回は土日には出します
今回行ったレベル
level4『Abandoned Office』
https://backrooms.fandom.com/wiki/Level_4
かつてのlevel4
https://backrooms.fandom.com/ja/wiki/Level_4_(1)
参考
Press _Start
『REDACTED 』
https://backrooms.fandom.com/wiki/Press_Start
Level3999
『REDACTED』→
https://backrooms.fandom.com/wiki/Level_399