複数のlevelを作り出し、voidやREDACTEDへ対象を送る権限さえ有する、特級の力を持つ存在。
それは、激しく怒り、そして憔悴していた。
自分の力は何も通じなかった。REDACTEDさえSHEは破って出てきた。
間違いなくチーターだ、そして同時に敗北者だ。
しかし、罰を与えることは叶わなかった。
間違いなく、あれはエンティティにとっても、おそらくは人間にとっても敵だ。
痛む体に鞭を打ち、崩壊した勝者の部屋を後にする。
このことを、出来るだけ多くの存在に伝えなくては。
プレイヤーのいないゲームは成り立たない。勝者が失われるゲームはあってはならない。
Day
この地獄は、この地獄は心の拠り所さえ奪うのか、ちっぽけな現実さえも奪うのか!
此処は別の何かに変わってしまった。
おそらく、安全性という面では大した違いはない…だが、バックルーム特有の超常現象そのものに、俺たちの心は耐えられなかった。
そうだ、簡単なことだったんだ
あの窓の外に、あそこへと落ちれば。
ここから消え去ってしまえば。
そうすれば、全てを忘れられる。
そこから先の日記のページは、全てが白紙だった。
割れた窓を見る。
外から吹雪が吹き込むその割れ目が、悍ましい怪物のように感じてしまう。
まだ人の生活を感じさせるこの部屋が、異質な、死の気配に満ちたものに感じられる。
狂気に満ちたその記述に、頭が揺さぶられるような感覚がした。
「『SHE』……ッ!」
何もいない、何もいないのに、部屋の端の影に、何かが潜んでいるような感覚がしてしまう。
暗闇をじっと見つめる。
闇がこちらを見返しているような気がする。
影に触れる。
そこには確かな壁の感触があった。
間違いなく異様な記載を読んだことによる被害妄想。
しかし、それが治らない。
「…さん、マイケルさん!」
モモンガとドーラとに揺さぶられ、マイケルははっとし、意識を取り戻す。
「いけねぇ、…やべえな、この記述。マジなら絶対会敵しちゃいけねー部類のエンティティが相当アグレッシブに動き回ってることになるぞ。」
ボソリ、と呟いた。
「…これ以上は、ここにいても無意味な様ですね。早いところ、ここからは退散しましょう。…これが、諦めた放浪者の末路、か……」
モモンガは、自分の骸骨の掌を見つめ、開いたり閉じたりを繰り返す。
その指にはまった指輪を撫で、その掌を所在無さげにおろす。
かつて此処で生活していた者たちのことを思い、短い祈りを捧げた後、2人と一体は部屋から出る。
扉を丁寧に閉め、そこから半ば逃げる様にして2人はその場を離れる。
「…しかし、振り出しに戻っちまったな。放浪者のコミュニティを見つけられればよかったんだが、この調子だと見つかる気がしねぇ。それに、level4の内部構造が大幅に変わってるっーことは、この端末の他の情報も信用できねえ可能性が出てきた。」
「それに、SHEという謎の存在も気になりますね。…M.E.G。その精鋭集団が壊滅させられた、ということはどれぐらいの深刻さなんです…?」
ちょうど部屋のそばにあった階段に腰掛けて、先程読んだ日記の内容について話し合う。
マイケルと比べると比較的知識の浅いモモンガは、不思議そうに溢す。
「俺もそこまで詳しくはねえが、多分相当やべえ。基本的に軍隊とシステムは同じだから、最低でも現実の軍隊の精鋭部隊並みの実力、下手しなくてももっと上。日記に書かれていた限りでは魔術使い…つまりはモモンガみたいなやつもいたっぽいじゃねえか。まぁ、本当にモモンガクラスならもっと有名だろうから実際はそうじゃないんだろうが。なによりも、レベル丸ごと幾つか潰してそうなのがヤバい。そんなエンティティ聞いたことねえぞ。」
「この空間のスペシャリストでさえ対応が出来なかった、未知の脅威的なエンティティ…最低でもレイドボスぐらいは想定しておいた方がいいかもしれませんね。と、なるとマイケルさんには
「いや、流石にそこまで頼るわけにはいかねえよ。貰ってばかりじゃ申し訳ないからな。このコートだって、この銃のアタッチメントだって、モモンガから貰ったもんだ。」
「むぅ…いや、それでも。というか実利的な意味でもマイケルさんに死なれたら情報不足で詰みかねませんからね、わたし!?」
ドーラは我関せずと言った様子で、バックパックの中で暖をとっている。
そんな話をしていると、先程階段の上に登らせた
その内容は、「相変わらず同じオフィスの風景が続いている」というモノだった。
「あー、まぁとりあえず上の階に行くしかなさそうだな。ぶっちゃけこれ以上ここらへん探索しても何かが開けるとは思えねえ。」
「はぁ…でもいつかは何らかの手段で防御手段は受け取ってもらいますからね。どうやら未知の恐ろしい存在がいるようですし。」
幽霊に先導させ、階段を登る。
階段を登った先も同じようなオフィスが広がっていた。そして、同じような扉が幾つか並んでいる。
同じようにして、部屋の中を探索したが、大半が同じようなオフィスの空っぽの部屋で、特筆すべきものは見つからない。
しかし、そのうちの幾つかは違った。
「仕事部屋、って感じの家具の配置だな。ここには家具がちゃんと並んでいるのか。」
うすく埃を被ったオフィスチェアとデスクが、規則正しく並んでいた。
「うっわぁ、社畜の記憶が蘇りますねこれ。…うわ、この椅子の等級
嫌そうな声を出しながら、オフィスデスクの引き出しの中などを漁る。
古ぼけた手帳や、インクの切れたペン。アーモンドウォーターや、まだ新しく食べられそうなスナック菓子。
level1の箱に入っていた物資と似たような構成の物品が、僅かではあるがオフィスデスクの中から見つかる。
「あー、何だこれ、瓶?…真っ赤だな。絶対体に悪いぞこれ。少なくともアーモンドウォーターとかネオンウォーターではねえな。」
僅かな明かりに、手に持った小瓶を透かしながらマイケルは小瓶を眺める。
「《道具上位鑑定》…これポーションですね。第二位階の魔法が篭った。…ポーション!?え、最低等級ですけどこれユグドラシルのポーションですよ!?」
「ユグドラシルっつーとアレか、モモンガのやってたMMO…マジかよ。やっぱバックルームに何か起きてんのか?くっそ、気味が悪りぃ。」
モモンガは思案する。
この世界からは、どうも現実世界とゲーム、というより電脳の世界をごちゃ混ぜにしたような印象を感じる。
その基盤は現実世界でありながらも、おおよそ地球では存在できなさそうな性質を持ったエンティティ。
(…ゲームのような世界だから、ゲームの姿のままこの世界に飛ばされた?確かに、ユグドラシルでの最後の記憶は床抜けバグで地面をすり抜けた瞬間だな…そういや誰かの足を思わず掴んだ気もするが…まぁ気のせいだろうな)
──そして、ゲームのような世界だから、サービスが終了したユグドラシルのサーバーから残されたアイテムがこの世界に落下した。
赤いポーションを眺めながら、そう考えるがそれだとほかにもあったサービス終了したVRMMOはどうなるんだ、という謎が残る。
(ユグドラシルの仕組みも、中途半端に実装されている感覚もする。上位物理無効化は強さとしてのレベルの概念が無いからか息してないし。かと思えばマイケルさんはテイムスキルを習得しているし。)
予想するにも情報が足りない。
そう思い、モモンガは一旦思考を中断する。
「込められた魔法的にも、最序盤で入手できるような、それこそ価値つかないようなポーションですが…特に変質はしてなさそうですが、怖くて使えたもんじゃ無いですね。とりあえずアイテムボックスの中に隔離しておきましょう」
「おう、別に俺はアーモンドウォーターで間に合ってるしな。それにしても、ポーションなんて初めて見たし、データベースにも情報はねえな。」
引き出しの中から発見された出てきた薄い本をそっと再び引き出しの中に戻しながらマイケルはいう。
ドーラも手伝い、引き出しの中を片っ端から確認するが、ポーションや、ユグドラシルにあるアイテムは他には見つからなかった。
「……なぁ、怖い妄想したんだが、…いや、なんでもねえ」
「いやちょっと気になるじゃ無いですか。教えてくださいよ」
「根拠はないんだが、データベースに情報がないってことは、少なくとも昔からポーションがこの世界にあった訳ではないだろ。で、さっき読んだ日記だけど」
「うっわぁ……根拠もない日記の情報が元で、しかも根拠もないですけど、それが当たってたら…うわぁ。」
部屋の中身もあらかた調べ終え、部屋の外に出て廊下を歩きながらモモンガとマイケルは話す。
日記の内容や、何故か突然発見されたユグドラシルのアイテム。
そのせいもあってか、先ほど以上に寒く感じられる空のオフィスを歩く。
吐く息が白い。
「あー、こんなに寒いんだ。他の放浪者が見つからないのも納得だな。住みやすかったからここにいろんなグループがあったんだ。住みにくくなったらいなくなるのも当然だな。」
「一個前の灼熱地獄よりかは住みやすそうですけどね。ユグドラシルなら間違いなく凍った骨とかが出現しますけど。」
「それただの凍死体じゃねえか…」
人どころか、エンティティ1匹いない空間を進む。
いくつかの扉を見つけたが、次のレベルにつながる扉はひとつもなく、同じような空間や、仕事部屋が見つかるばかりであった。
そのうち、吹雪が吹き荒れている窓の外がほんのりと明るんでくる。
おそらく、朝が来たのだろうと2人は察する。
「やべえ、眠い。まだまだ耐えれるが、にしても眠い。でもこんな寒いとこで寝たら死ぬよな俺。」
明らかに耐えれていない足取りでマイケルがそう言う。
(──そういえば、俺アンデッドだからそう言うことには気づきませんでしたね。そうか、俺童貞卒業する前に人間卒業しちゃったのかぁ。)
あまりにも代わり映えのない景色に、思わず益体のないことを考えながら、モモンガはマイケルの体を揺さぶる。
「マイケルさん!?寝るな、寝たら死ぬぞ!…一応シェルター型のマジックアイテムもありますがいかんせん天井が低いですからねえ。とりあえず睡眠不要の装備はありますが。流石に命に関わるのでとりあえず受け取ってください。」
「いよいよなんでもありだなマジックアイテム…すげぇ、エナドリ限界まで決めた後みたいに頭が冴え渡ってるぜ。助かったぞ、モモンガ。」
眠気や疲労の問題は解決したとはいえ、そもそもここからどうやって現状を打破するかは見通せない。
「level4が半分死んでるなら、多分見つからない放浪者たちはlevel11って言うもう一つの安置に撤退したって考えるのが自然だが…こんな変わっちまったlevel4じゃ、従来通りの移動方法が通用するかわかんねえんだよなぁ。」
「本当、どんな化け物よりも情報不足が一番怖いですね。」
肉体的に疲労しないとはいえ、精神的な疲れは溜まる。
(これまじでモモンガがいなかったら俺レッチになってたんじゃねえか?いやその前にハウラーに食い殺されてるな。まじでモモンガの兄貴のおかげで俺生きてるな…)
完全にあてのない旅を続ける。
アーモンドウォーターの本数だけが増え、ほかに収穫は無い。
放浪者がいた痕跡すらもう見つからない。
まるでこの世界には2人と1匹しかいない、そんな感覚がする。
「あーまずい。幻覚が見えてきた。なんか廊下の向こうから光が見える。」
「奇遇ですね。わたしにも見えてます。というか探知魔法にビンビンに反応があります。なにかいますね。…なにかいますね!?」
突然のエンカウント。
まだ向こうはこちらを認識してはいないが、壁の向こうに、何かいる。
「おい、モモンガ…」
「えぇ。…多分大丈夫そう。ですね。」
じりじりと、光の方向へと滲みよる。
緊張が走る。
そして、ゆっくりと、ゆっくりと壁の向こう側へ向かい、そして──────────
「いやぁ、まさかこんなところでバックルームの有名人と出会えるとはな。『The Cameraman』さん……で、いいか?」
「カメラマンで構いません」
カメラマンと呼ばれた、18世紀初頭の英国人風の格好をした男は、オフィスの中なのに、焚き火をしていた。
漏れ出ていた光はこの焚き火の火だったという訳だ。
暖かな火にあたりながら、3人は話す。
──ゆっくりと火に近寄った後、最初に目に飛び込んできたのは、プロが使うような大規模な撮影設備を脇に置いた男だった。
顔を合わせた瞬間は、共に硬直し、何も話すことは出来なかった。少しの間の後、最初に口を開いたのは、男の方だった。
「不死者の王と、人間、それに人形…珍しい組み合わせですね。ここにはなんのようで?」と。
「にしても最初は驚いたぞ。まさか本当に誰かと出会えるとは思ってもなかったからな。」
「幻術を使ってはいましたが、いきなり正体バレましたしね。それで驚かないのも驚きですが。」
モモンガは、もう隠す必要もないと仮面を脇に置いていた。
「まぁ、私の友人には、植物で体ができた方や、紅蓮の鎧を纏った騎士とかもいますからね。今更ちょっと人間と違いぐらいじゃ驚きませんよ。放浪者なら知ってると思いますが、私自身ももう人間じゃありませんしね。」
魔法瓶に入った紅茶を飲みながら、カメラマンは言う。
バックルーム内部とは思えないような緩やかな時間がそこには流れていた。
『The Cameraman』。バックルーム内部の危険な場所や探索が困難なレベルの写真を撮影しては、放浪者に提供する、200年以上前から存在するとされる謎の存在。
間違いなくエンティティではあるが、ごく僅かな接触報告によれば、人類に友好的な存在ではあるようだ。
実際に、敵対する気配は微塵もしない。本能的に、モモンガもマイケルも感じていたのだろう。こちらから手を出さなければ、彼と自分が敵対する事はないと。
「それにしても…levelが変わってしまったタイミングでここにきてしまうとは…不憫なことです。」
心底気の毒そうな声色で、カメラマンはモモンガとマイケルに語りかける。
「あぁ、本当にな…なぁ、カメラマンさん。ここからlevel11に行く方法知らねえか?」
「えぇ。もちろん。私の目的地もそこですしね。友人に依頼されているのですよ。『突如として改変されたlevel4とlevel11の様子を偵察してきてくれ』と。」
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今回登場したエンティティ
The Cameraman
https://backrooms.fandom.com/wiki/The_Cameraman
Entity 555
『REDACTED』
https://backrooms.fandom.com/wiki/Entity_555