「私はナギちゃんを襲撃して、エデン条約を破棄させる」
深夜に呼び出したナズサへミカが告げたもの──それは企んでいた、クーデターの計画内容だった。
第3次特別学力試験の妨害工作として、会場に『エデン条約に必要な重要書類を保護する』といった各目で戒厳令を敷き、更には正義実現委員会を総動員させたナギサ。
そうして校内ががら空きとなった隙に、アリウス分校の生徒複数人でナギサに襲撃をかけて拘束し、失脚させた後に自身がティーパーティーのホストになる。
そしてナズサも……一緒に拘束するというものだった。
そこに至った経緯をミカは矢継ぎ早に続ける。
憎きゲヘナとの馴れ合いなど許容できない。それなら、アリウス分校と協力し関係を深めた方がいい。……そして人殺しとなった今、もう引き返すことは許されない。
ミカの語りは文脈が滅茶苦茶で、心情全てを余すことなくナズサへとぶつけているようだった。
だが、それも仕方がなかった。
懲らしめるつもり──ほんの些細な悪戯心で仕掛けた、アリウス生徒を使ったセイアへの襲撃。その結果はセイアの死亡という形でミカに伝えられた。
そこからミカは精神状態が非常に不安定になり、今こうしてナズサへ話した内容もどこか自身に言い聞かせている節があった。
実際、暗闇に包まれミカの表情は窺えないが、その声は涙混じりになっており震えており、この矛盾した行動がその証左であった。
「……はは……私、何言ってるんだろう……」
濁流の如く伝えきれることを伝えたミカは自虐的に笑う。
もう自分でも何をして、何を成したいのか分からない。ミカは暗い森の中をずっと彷徨い、足元が見えなくなっていた。
恐ろしい計画を企てているのにも関わらず、なにより
「そっか……」
しかし一言、ナズサから返ってきたのは否定でも肯定でもなかった。
拍子抜けしたミカは顔を上げる、月明かりが差し込み僅かに映ったナズサには、軽蔑や怒りなどは微塵もなく、ただただ悲しげに目を下げていただけだった。
あぁ、そうだった。と、ミカは思い起こした。
かけがえのない親友であるナズサは、いつも自分の味方でいてくれたこと、セイアの襲撃の結末を知った時も、何も言わずに隣にいてくれたことを。
今もそうだ。
何よりもまず先に、ナズサは自分の心配をしてくれている。自分が何を言って、何をする気なのかを理解していながらも。
そしてそんな彼女が何を言うのか、それは自明であった。
「……ミカちゃん、私も……」
「ダメ!!」
ナズサの言葉を遮る。その先を言わせてしまったらミカは、どうにかなってしまいそうだった。
……いや、分かっていた。そう、心の何処かで分かっていたからこうして呼び出した。今もなおみっともなく、ナズサに縋り甘えようとしている自分に嫌気が差してくる。
「これは……全部私のせいだから……」
だからダメなんだ……。
***
補習授業部学力強化合宿 13日目。
遂に第3次特別学力試験を明日に控えた補習授業部一同は、先生の部屋に集まり話し合っていた。
それは第2次特別学力試験の時と同じように、今回もナギサからの妨害が入っていたからだ。
試験会場……いや本館全域に戒厳令が敷かれ、大量の正義実現委員会が派遣されている。その鉄壁の守りをどうやって突破するのか、頭を悩ませていた。
そしてそんな場で、アズサはずっと抱えていたある秘密をこくはくした。
ナギサが探しているトリニティの裏切り者は自分であること。百合園セイアを襲撃したこと。そのセイアは生きていること。この学校にはナギサのヘイローを破壊する任務を受けて、潜入していたこと。
……そして、ナギサの襲撃は明日──試験当日であり、自分はナギサを守らなければならないことを。
その一見矛盾しているアズサの行動、その理由を話していた。
ナギサがいなくなってしまったら、エデン条約が取り消されてしまう。そうなるとキヴォトスの混乱が更に深まってしまいその先で、またアリウスのような学園が生まれてしまう可能性がある。
平和を願う優しいアズサらしいものだった。
「……とっても甘くて、夢のような話ですね。今回の条約の名前と同じくらい、虚しい響きです」
それに苦言を呈するハナコ。
彼女にしては珍しい、厳しい視線をアズサに向ける。
「アズサちゃんは嘘つきで、裏切り者だった……」
確認するように、アズサの耳に痛い事実を明言していく。
「トリニティでも本当の姿を隠し、アリウスでも本音を隠していた。アズサちゃんの周辺には、アズサちゃんに騙された人たちしかいなかった、ずっと周りの全てをだましていた……そういうことで合ってますか?」
「ハナコちゃん……」
捲し立てるようにハナコは言葉を紡いでいく。
若干の言い過ぎな気もするが、しかしそれを責められる者はこの場にはいなかった。
「……いつか言った通りだ。私はみんなのことも、みんなの信頼も……みんなの心も、裏切ってしまうことになる、と」
いつか言った──水着パーティーの終わり際に、アズサが懺悔するように言ったもの。
「アズサ、ちゃん……」
ずっと傍にいた友達が抱えていたものを知ったヒフミは何も言えずにいた。
「だから、彼女が探している『トリニティの裏切り者』は私。私のせいで補習授業部は、こんな危機に陥っている……。本当にごめん。私のことを恨んでほしい。今のこの状況は全て、私がもたらしたことだから……」
頭を下げるアズサの身体は震えていた。
それは抱えていたものの重さからではなく、積み上げてきた友情が崩壊してしまう恐れからだった。
「それは違うよ」
そんなアズサを諭すように、優しさを帯びつつも、ピシャリと空気を変える力強さを秘めた先生の声音が、補習授業部を包んでいく。
「ナギサがもっとヒフミを、ハナコを、アズサを、ハスミとコハルを信じていたら」
「ミカがもっと、ナギサのことを信じていたら」
「もっとお互いがお互いを深く信じられていたら、こんなことにはならなかった」
それは最も初歩的なことであり、誰もが持ち得ながらも困難であり、人として大切なことだった。
「……そうですね、そうかもしれません。今のナギサさんのように、誰も信じられなくなってしまった人を変えることは難しいです。誰かを信じるということは、元々難しいですし」
先生の言葉に少し頭が冷えたハナコは、もう一度、改めて自分にも確認するように続ける。
「ですがアズサちゃんは、私たちにこうして本心を語ってくれました。黙り続けることもできたはずなのに、謝ってくれました」
先程までの厳しい視線は既に霧散し、そこにはいつも通りの慈愛に満ちたハナコがいた。
「ごめんなさい、先ほどのは何と言いますか、どうしても意地悪したくなってしまったんです。アズサちゃんの真っ直ぐな顔を見ていると、何だか心が落ち着かなくなってしまって」
「…………」
さりげない新たな性癖の暴露に、折角のいい雰囲気が少しだけ引きつるも、それもハナコらしい和ませかただった。
「補習授業部はちょっと変わった意味で、ある種の舞台のように注目を浴びる存在として生まれました。本来ならアズサちゃんのような『スパイ』は、こんな注目されるところに長くいてはいけないはずです。誰にも気づかれないように消える……そういう手段やタイミングは、今までいくらでもあったはず」
そこまで語ったハナコは一拍、わざとらしく深呼吸を置いて。
「……しかしアズサちゃんは、そうはしませんでした」
何より大切である、アズサが残した厳然たる事実を述べた。
「その理由を、私は知っています。……補習授業部での時間があまりにも楽しかったから。そうではありませんか?」
「……!」
「みんなで一緒に勉強したり、ご飯を食べたり、お洗濯をしたり、お掃除をしたり……何をしても楽しいことばかりだったから……目標に向かってみんなで努力すること……そしてヒフミちゃんとコハルちゃんと先生と、みんなで知らなかったことを学んでいくことが、楽しかったから……」
違いますか?と聞くハナコにアズサは黙ってしまう。けれど、それは答えに詰まり苦しんでいる沈黙ではなかった。
「いや……うん。そうかもしれないな」
みんなで何かを学ぶ、みんなで何かをする。その時間を手放すことが出来なかった。
そして海やお祭り、遊園地など行きたいところも、知りたいことも、やりたいこともまだまだたくさんある。
「何だか知ったような口をきいてしまいましたが……分かるんです、その気持ち。何せ……はい。同じように思った人が、いたんです」
その人は、ただ要領が良く何をしても周りからおだてられてしまうような
その人は、常に周りからの期待に応えていった。それが出来てしまっていた。
結果として、皆その人を特別視し。誰一人として自分の本心、本当の姿を見ようとも、知ろうともしてくれなくなっていた。
『それは、寂しくはないかい?』
その人にとってトリニティ総合学園は、嘘と偽りに飾り立てられ、欺瞞に満ちた空間。そこで送る生活は監獄と変わらず、やること全ては無意味で……そんな学校を辞めようとしていた。
しかし、その人とアズサには違う点があった。
アズサは普通の転校生ではない。書類を偽装して潜入したスパイであり、最終的には古巣のアリウスも裏切るアズサには、帰る場所も、戻る場所も無い。
その人は試験をわざと台無しにして、学園から逃げようとしていたのに、アズサはそれを理解していてもなお、短い学園生活の──補習授業部の活動に一生懸命だった。
『たとえ全てが虚しいことだとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない』
『たとえ全てが虚しいことであっても、抵抗し続けることを止めるべきじゃない』
アズサの言葉にその人はようやく気が付いた、学園生活の楽しさに。
自分をさらけ出せる人たち……“浦和ハナコ”を視てくれる友達との何でもないよくあることを、全力で取り組むことの楽しさに。
「アズサちゃん、もっと学びたいでしょう? もっと知りたいんでしょう? みんなで色んなことをやってみたいって、あの時話したじゃないですか。海に遊びに行くとか、ドリンクバーで粘って夜更かしとか…………それらを諦めてしまうんですか?」
諦めたくない……アズサだけではない、みんなが思っていることだ。
しかし──
「……何も諦める必要はありません」
ずっと求めていたその言葉を、ハナコは言い放った。
「桐藤ナギサさん……彼女を、襲撃から守りましょう。そして私たちは私たちで無事に試験を受け、合格するのです」
ナギサを守る、堂々と試験を受けて合格する。それが補習授業部に残された道、欲張りに両方を選べばいいのだ。
だが、それが始めから出来ていれば苦労はしない。そんなことは物理的に不可能だと、アズサは言い出すが……。
ハナコにはしっかりと考えがあった。
「これまで様々な嘘や策略の中で弄ばれてきましたが……今度は私たちの方から仕掛ける番です」
やられっぱなしはごめんだ。
地味に負けず嫌いな側面があるハナコは、みんなを奮い立たせる。
「何せ今ここには正義実現委員会のメンバーと、ゲリラ戦の達人と、ティーパーティーの偏愛を受ける自称平凡な人と、トリニティのほぼ全てに精通した人がいます」
「……?」
「へ、偏愛……!?」
「……?」
ハナコにとってこれ程頼りになり、信頼できるメンバーはいない。
なお、部長を除いた他2人はその肩書きをイマイチ理解できていなかったが。
「その上、ちょっとしたマスターキーのような「シャーレ」の先生までいるんですよ?」
「ま、まぁ……」
そして反則とも言える先生。
法外な権力だけでなく、前に美食研究会と戦闘になった際実感したが、その完璧な指揮は正に百人力だった。
「……それに現地には私たちの監督も居ますしね♪」
この組み合わせならトリニティくらい半日で転覆できると、ウィンクしながら悪戯っぽく笑うハナコ。言っている内容は悪戯で済むレベルではないが。
「何をするも何も、試験を受けて合格するだけです♡」
作戦は任せて欲しいと前に出たハナコは、声高く宣言する。
「さあ、今こそ力を合わせる時です。行きましょう!」
そして、補習授業部の反撃の狼煙が上がった。
***
深夜3時を回った現在。
ティーパーティーからの戒厳令が敢行されたトリニティの本校には、深夜なのも相まって不気味な程に閑散としており、風がなびく音のみが響き渡っていた。
そんな校内のとある一室。
常夜灯が灯るナギサの私室には、お馴染みの2人が待機していた。
「あと6時間で全てが終わる……」
リラックス効果のあるハーブティーを片手に、そわそわと何度も備え付けてある時計を確認するナギサの姿は、いつもの泰然自若な様ではなかった。
一方ナズサの、妙に不吉な雰囲気のあるアイマスクを被りながら、定位置であるソファに寝転がりながら口笛を吹いている様子は、緊張とは無縁のようである。
普段ならば夜更かしをするのはいつもナズサであり、この時間まで起きていたらナギサの雷がとっくに落ちているが……今回に限っては違った。
1ヶ月近くに渡る裏切り者との戦い……その決着が間近に控えたナギサは寝付けず、ナズサはそれに付き合っていた。
「……………………」
時計の秒針が進む音のみが、会話が全く起きない2人の間を流れていく。
いつも積極的に話しかけてくるナズサはソファから動かず、ナギサも緊張から喋れずにいた。
ナギサはナズサと2人きりになって気まずいと感じたのも、長時間何も喋らず同じ空間にいるのも初めてのことだった。
「……ナズサ……どうしてあなたは何も言わないんですか?」
耐え切れず口を開いたナギサから出たのは、ずっと疑問に思っていたこと。
関係のなかったシャーレの先生を利用し、疑いをかけた人物を強制的に退学させるシステムを構築。
そして大切な友達であったヒフミにも容赦をしなかった。どれだけ彼女を傷つけてしまうのか、分かっていながらも。
自分がやっていることが横暴だと、許されることではないと心の奥底で感じていた。それでも噛み潰してここまできた。
ナズサは補習授業部の監視という各目で配属したが、彼女が職務放棄をして肩入れをしていることをナギサは把握していた。
にも関わらず見逃していたのは、一種の罪滅ぼしのようなものだった。それがただの自己満足で矛盾した行動だとは理解している。
こんな自分をナズサがどう思っているのか想像に難くはない。
それでも何も言わずに付き合ってくれたことは、正直に言ってしまうとありがたかった。
だが、それ以上に申し訳なさも感じていた。その気持ちをナギサはずっと隠していたが、佳境に入った今思わず吐露してしまった。
「……そんなの決まってるよ」
位置関係からナズサの顔は見えないが……いやだからこそ、その真剣さが伝わった。
「これでも妹ですから。私ぐらい味方にならないとお姉ちゃん、ぼっちになっちゃうでしょ」
偶に見せる年上のように包むようなトーンと、余計な茶化しがセットになった答え。どこまでも底抜けに明るくて、世話が焼けて、そして優しいナズサらしいものであり、それは深くナギサの心に染み込んでいった。
そうだった。今更になってやっと気が付けた。
振り返ると、ナズサは一度もナギサを責めることは無かった。
それは疑心暗鬼に憑りつかれたナギサの苦しみを察していたから。だから何も言わずにずっと付いてきてくれた。
「……ありがとう、ナズサ」
少しだけ緊張が解け、綻ぶナギサ。
久しぶりに素直に感謝を述べた気がする。
「いいよ……全てが解決したらちゃんとみんなに謝ってね」
それはどういう……?
ナズサの言葉に違和感を覚えた次の瞬間、扉が蹴破られた。
感想、評価、ブグマ、誤字脱字報告ありがとうございます!
ブルアカ、メンテで出来なくてツライ……殺してやるぞ陸八魔アル!!