ナギサ様の脳を破壊し隊   作:あみたいと

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差し出す手、伸びる影

 

 

 

 

 

 ティーパーティーからシャーレに依頼が届き、この事件に関わり始めてから出会った生徒の中では、ナズサとはいつの間にやら一番長い付き合いになっていた。

 

 しかし思い返すと何度かナズサと二人きりになる場面はあるも、どれも補習授業部の手伝いやティーパーティーの業務上ばかりで、一対一の対面で腰を据えて話す機会は中々なかった。

 

 

 毎日校舎から通い、テスト対策の洗い出しやプリント作成、賄いなども用意して常にみんなを気遣っていたナズサ。

 

 そんなナズサは裏切り者であり、今回の騒動の裏側に大きく関わっていた。

 

 勿論それには驚いたが、更に衝撃的だったのは彼女の戦闘能力だった。

 

 初めてナズサの指揮を執った戦闘──美食研究会との邂逅の際は、補習授業部と正義実現委員会のハスミが居たので、大して違和感を覚えることは無かった。

 

 だがあの晩。体育館でのミカとの戦いで先生はナズサの真髄を見た。

 室内で壁や天井を蹴って飛び回るアニメや漫画のような戦い方。ヘイローのある生徒達は確かに身体能力が高いが、それでもあんな事が出来る人間は限られているだろう。更に出来たとしても、実戦で使えるのはまた別の話だ。

 

 しかもそんな四方八方から飛んでくるナズサの攻撃を、涼しい顔でミカは全て見切り、的確に銃弾を銃弾で防ぐという離れ業を披露していた。

 

 二人とも明るくはしゃいでいるイメージが強かった分、戦闘時の切り替え模様とキヴォトスでもトップクラスだと思える力のぶつかり合いのギャップに────先生はそれで偏見を覚えるような人間では無いが、色々な意味でショックだったのも事実であり。

 

 そして今回の肝である今まで……否、今もずっと引っ掛かっている違和感とあの言葉。

 

 とにかくそういった様々な要素が絡み合った結果。先生は生徒(ナズサ)と話すというただそれだけの事に、アロナに心配される程度には緊張していた。

 

 

 そう、緊張……していたのだが。

 

 

 その当の本人であるナズサはというと……。

 

 

 

「あっつぅ〜い……暑くて干からびそう……」

 

 トリニティ総合学園の敷地には、校風を彩るに相応しい花壇達が敷き詰められている。

 その一角にしゃがみこんでいる背中は──紺の生地に白のラインが施されたトリニティ総合学園指定のジャージを、雲一つ無い青々とした快晴の下燦々と日光が降り注ぐ中で、律儀に長袖は勿論のこと、作業用の為ボトムスもしっかりと着用し、首の真下までしっかりとチャックを締め。

 

「動いているから暑ぅいよぉ~」

 

 いつものリボンで纏めた一房の団子とハーフアップとは打って変わり、下ろしている髪も含めてサイドに、シュシュで二つの小さな団子に纏めて揺らし。

 

「でも動かないと怒られるよぉ〜」

 

 妙に耳に残るうにゃうにゃとした口調で文句を垂れ流しながらも、ぶちぶちと雑草を抜いては隣に置いてあるビニール袋へ投げ込んでいた。

 

 

『それなりのペナルティを受けてもらいますが……』

 

 

 サクラコが言っていたのはこれかと納得する先生。

 まぁ恐らく他にも何かあるのだろうが、その一環のひとつとしてボランティア活動と……。

 

 の割には随分と杜撰な態度にも見え、先生としてもひとつ言わなければならないこともあるが──そんな注意も彼女をしっかりと注視すると違うと分かる。

 

 ここに来るまで通った花壇の状態、付近に置いてある大量のパンパンに雑草が詰まったゴミ袋、土と汗にまみれ背中に大きく滲んでいる染みは、ナズサがどれだけの時間作業していたのか伺い知れるものだった。

 

「はぁ……クソアチ」

 

 どうやら集中して先生の存在に気が付いていないらしい。

 お嬢様学校にあるまじき言葉を発するナズサに、少しだけ悪戯心が沸いた先生は、こっそりと後ろまで近付きトントンと軽く肩を叩く。

 

「やぁ、ナズサ。お疲れ様──え?」

 

 ゆっくりと振り返ってきたナズサの表情は予想の斜め上だった。

 

「んあ? あ、先生~」

 

 先生に気付いたナズサはその顔に花を咲かせた。

 それは全然良い。寧ろ先生としても嬉しいことだ。

 

 問題なのはナズサの目元、ぎらりと輝く漆黒の眼鏡────サングラスをかけていること。

 妙に様になっているそれは、もしも銃を構えてココアシガレットでも添えたら、完全にブラックマーケットの住人だった。

 

「そ、そのサングラスは一体……?」

 

「ふっ……先生。こんな猛暑日にはグラサンは欠かせないから……だぜ」

 

 確かにこんな陽射しの強い日にサングラスをかけるのは分かる。

 

 だが軍手に長袖ジャージ、サングラスという奇天烈な服装に、人差し指と中指を重ねてサングラスをクイッと上げ、謎のドヤ顔をするナズサは不審者そのものだった。

 

 それに言葉使いとテンションもさっきからおかしい。こんな暑苦しい服装で長時間の作業……もしかしたら暑さにやられてしまったんじゃないかと心配になる。

 

「失礼な! 私は至って冷静で正常ですよ!? それにグラサンをかけると作業効率がおよそ1.3倍になるという統計学に基づいたデータがあるんです!」

 

「…………」

 

 やっぱり暑さにやられている。早急に救護騎士団を呼ぼう。

 

「ちょちょちょ先生!? そんな目で見ないでくださいよ!」

 

 ……まぁ作業効率うんぬんかんぬんは置いといて、意識は大丈夫そうだ。

 

 ただ熱中症の危険があるのは事実なので、先生としてはナズサにはもう少し涼しい風通しの恰好をして欲しい。年頃の少女ではあるし、汚れてしまったり日焼けしてしまうのが嫌な気持ちは分かるが。

 

 あと非常に言いにくいのだが、ジャージを貫通するほどの汗が背中に染みを作っているのがこう……ハッキリ言って気になってしまう。

 

「せめて水分補給はしっかりと……ん?」

 

 注意を促しながら、花壇の縁に置かれてある水筒へ目をやる。

 

 橙色のトリニティ総合学園のエンブレムが刻印されている750mlの水筒。何故そんな事細かく把握しているかというと、それがナズサのマイ水筒で合宿所に訪れた時もよく持参してきていたからだった。

 

 更にもう一つ、絶対に外せない話があった。

 

 それは何故標準の500mlの水筒じゃないのか聞いた時のこと。

 

『実はこれ、小さい時にお姉ちゃんから誕生日に貰ったんですよ! それでですね? 私って当時はよく外で遊んでいたのと、結構汗をかきやすい体質なのを踏まえて少し量が多めの750mlにしてくれて、しかもここ見てくださいよ! ココ! 私の名前が刻印されているんですよ!』

 

 貰ったばかりかの如く、飛び跳ねる勢いで嬉しそうに自慢していたナズサ。そして随分と使いこまれてはいたが、丁寧に扱っているのが分かる輝きを放っていた水筒を見ると、ナズサがどれだけ姉と水筒と大切にしているのかが窺え、それはとても微笑ましく印象深いものだった。

 

 

 

 だからこそ一瞬分からなかった。

 

 

 

「それ、ナズサの水筒……だよね?」

 

 嫌な予感が過る。

 もしかしたら見間違えかもしれない。似ているだけの別のものかもしれない。

 

「っ!? あっ、そうですよ?」

 

 先生の質問。いや“指摘”にナズサは慌てて水筒を拾い上げ後ろ手に隠す。

 だが時すでに遅し。それを先生が見逃す訳もなく、なによりもその反応は───

 

「その“傷”はどうしたの?」

 

「…………いやぁ~、足元に置いてあるのに気付かず蹴っちゃって、零しちゃった挙句傷まで付いちゃったんですよ~あははは」

 

 違う。あのナズサがそんなミスをするとは到底ありえない。

 

 仮にそうだとしてもだ。あれを傷だと言ったが正確には()()()だった。それも間違えて蹴ってしまったり、落としてしまった時にできるようなものでもない。

 

 ナズサの水筒は特別なものだ。それはナギサからの贈り物であったり、印字ではなく刻印である点もそうだが、シンプルに耐久性が抜群に高く質感もかなり上等なものだった。

 

 要するにへこむぐらいの衝撃を与えるには、()()に力を加えなければならない。

 

「ナズサ」

 

 サングラスの先にあるナズサの目を見つめ、予想が確信へと変わり思わず語気が強くなる。

 

「…………私って自分で言うのもなんだけど、トリニティの中では珍しいタイプの人間でさ」

 

 そんな先生に観念したのか、訥々とナズサは語り出した。

 

「ここでは出る杭は打たれるのが鉄則だけど、お姉ちゃんとミカちゃんのおかげ……運もあるのかな。みんな結構受け入れてくれてたんだ」

 

 代々の伝統と文化を重んじるトリニティでは、自由気ままなナズサは問題児寄りの生徒ではあった。しかし同時に芯のある真面目さや優しさを持ち合わせており、そんな性格のナズサはトリニティに新たな風を吹かす存在でもあったのだ。

 

「だけどね先生。そんなわがままは今まで大きなやらかしをしていなかったから見逃されていた訳で……一度ラインを越えちゃったからにはもう……ね?」

 

 サングラスをおでこに上げて、レンズ越しではなく肉眼で歪んだ水筒を見つめるナズサ。

 

「でも私、感謝してるんです。この程度の罰で……ミカちゃんより先に拘束を解かれて。今回の事件にお姉ちゃんは無関係だって弁明してくれて」

 

 『この程度』そんな軽く聞こえる言葉を、ナズサは戒めるように深く深く自身へ染み込ませる。

 

 そして数秒、沈黙が流れた後、ナズサは諦観した薄い笑みを浮かべて先生に向き直った。

 

「仕方ないですよね! 結局、どんなものもいつか壊れてしまうんです」

 

 決して強がりなどではなく、これが罰なのだと、世の摂理なのだと、仕方のないことなのだと割り切り。

 

「vanitas vanitatum et omnia vanitas. それでも残された最善の道があるなら、なんであっても私は構いません」

 

「…………」

 

 顧みず堪えて突き進んでいくナズサの姿が────それが“強さ”であると先生は絶対に思えなかった。

 

「あ、あとこの事はみんなには内緒にしてください」

 

「っそれは──」

 

「ホントに大丈夫ですから。それにこの水筒も穴が空いてしまった訳じゃないので、まだまだぜーんぜん使えます!」

 

 ニコリと微笑む今のナズサは、抱えている水筒のように、傷付き空っぽにひしゃげてしまっているように見えた。

 

 

 

 

 

 ピピっと電子音が鳴ると同時に自販機が微かに震え、直後に落下音が鳴り響く。

 一区切り仕事が終わったナズサは、先生と休憩を挟んでいた。

 

 取り出し口からキンキンに冷えた一本の缶コーヒーを片手に、先生は隣で腕を組みながら自販機を睨むナズサに、「好きなの選んで良いよ」と笑みを向ける。

 

「うーん。悩みますね……」

 

「そ、そんなに? もしかして好きなやつ無かった?」

 

「いえ、そうではなくてですね。貴重なジュースなんでどれにしようかと」

 

「ティーパーティーには紅茶しか飲んではいけないみたいな誓約でもあるの……?」

 

「いや単に私がいつも金欠なんで。それこそジュース一本買う余裕も無いんですよ」

 

「え、えぇ……?」

 

 まさかの告白に困惑が漏れる先生。

 

 そこまでナズサは生活に切羽詰まっているようには見えない……というか、昔からよくスイーツ店をミカと巡ったりしていたと聞いていたが?

 

「先生。それは私の緻密な金銭管理の下、捻出された貴重なものなんですよ」

 

「そ、そうなの?」

 

 あんなにも優雅なティーパーティーだからといって、お金持ちとは限らないのか……。

 

「毎月発生するサブスク……」

 

「……ん?」

 

 今聞き間違いでなければナズサはサブスクと言った。

 先生の中でのサブスクの意味はサブスクライブ──毎月一定額の料金を払えば音楽や動画等が見放題のサービスであるアレしか知らないが、もしかしたら他の意味があるのだろうか?

 

「兼任している三つのソシャゲのガチャ課金、マンスリーパッケージ。週間誌。月刊誌。単行本。新作映画。ラノベ。ASMR。絵師のファンサイト……くっ! どれも諦めるなんて出来ない……!」

 

「…………」

 

 とんでもない出費である。確かに緻密な金銭管理を行わないと、すぐに尽きてしまうだろう。

 だがジュース一本買う余裕も無いのは、流石に強欲過ぎるのではないだろうか?まだ彼女は学生の身だ。あまり口出しはしたくないが、もう少し節度を守った使い方を────

 

「あるぇ? それを先生が言っちゃうんですかぁ?」

 

「っ!?」

 

 わざとらしくトーンを上げ、ニヤニヤと意地の悪い笑みで先生に詰め寄るナズサ。

 

「風の噂で聞きましたよ? どうやら先生は“趣味”にお金を使い過ぎたせいで、暫くの間モヤシ生活になったことがあるとか。しかもそれをとあるミレニアムの生徒にバレて、こっぴどく叱られた挙句財布の紐を握られてしまったとか?」

 

「うぐっ……」

 

 一体何処で仕入れてきたのか不明だが、実際何も言い返せない純然たる事実であった。

 しかもギリギリであるとはいえ、しっかりとナズサは管理を出来てはいる。残念ながら仕掛けた時点で、先生の敗北は決まっていた。

 

「あ、私これにします」

 

 ダメージを受けて大袈裟に蹲る先生を気に留めず、ナズサが指を差したのは『キヴォトスサイダー!!!!!!』と、数えるのも億劫になるほど謎に主張の激しい一本。250mlで強気の税込180円だった。

 

 

 近くに備え付けてあったベンチに二人で座り、同時に缶を──カコっと蓋を開ける心地良い音と、ゴクゴクと喉を鳴らす音が重なる。

 

「ぷはー! 生き返るぅ~」

 

 溶けるような勢いでベンチにもたれかかり、空を見上げるナズサ。

 ナギサが居たらお小言不可避のだらしない姿勢ではあるが、長時間労働の後の一杯が染み渡る感覚を、痛いほど理解できる先生は特に言及はしなかった。

 

 先生はいつ話を切り出すべきか悩んでいた。

 本来訊こうと思っていたことは、かなりデリケートな内容だ。しかも今のナズサは……。

 

「……先生。一つお願いしてもいいですか?」

 

「ん? なんだい?」

 

 すると、ジュースを両手で握り姿勢を正したナズサが、真剣な面持ちで先生に話を振ってきた。

 

「もう聞いていると思いますが、私はエデン条約調印式の場に出席出来ません。当たり前ですけど」

 

 トリニティの歴史の転換期である重要な場に、本来ならばナギサの付添人であるナズサも出席の予定であった。

 しかし件の事件でナズサは『桐藤ナギサの付添人』という役職は剥奪され、一応現在もティーパーティー所属ではあるものの、その立場は一番下となっている。ティーパーティー所属の人間は、極力参加が義務付けられているが、首謀者の立場に近かったナズサにその席は設けられていない。

 

「だから先生。どうかお姉ちゃんの傍に居てあげて守ってください」

 

「……うん、分かった」

 

「ありがとうございます、先生」

 

 『守ってください』その言葉に思うところが無いと言ったら嘘になるが、なにせ長い間いがみ合っていた両校だ。偏見を持っていないナズサでもやはり心配なのだろう。

 

 先生の返事に安心したのか、ほっと胸を撫でおろしたナズサは、ちびちびと缶ジュースを口につけていく。

 

「ん、すみません、もう一つ大切なお願いがありました」

 

 ピタリと動きを止め、両手を足の間へ持っていくナズサ。

 そのまま目を伏せ虚空を見つめたまま呟いた。 

 

「どうかミカちゃんを嫌いにならないでください、支えてあげてください」

 

 紡がれたのは切実な願いだった。

 今のミカは自暴自棄になっている。直接会うことは叶わなかったが、ハナコの話から推測は出来た。

 

「私は生徒の誰も嫌いになんてならないよ。みんなが大切で大好きだからね」

 

 先生の言葉に安心したのか、胸を撫で下したナズサはそのままグイっと一気にジュースを飲み干す。

 

 

 ただ、まだ先生の話は終わっていない。

 

 

「……もちろん、ミカのことは私も最善を尽くすよ。だけどねナズサ、これには君という存在も──」

 

「私じゃダメなんです。私はダメなんです」

 

 空缶が潰れる音と共に断固としてナズサは否定してきた。

 

 

 怒りが沸々と湧いてくる。

 

『ダメ』とはなんだ。そんな考えこそ先生にとっては『ダメ』だ。

 

 

 ……天真爛漫に気丈に振る舞っているから気付きにくかったが、ナズサは自分を()()()()()()

 

 

 補習授業部としても。

 

 ティーパーティーとしても。

 

 親友としても。

 

 

 ──姉妹としても。

 

 

 ナズサはどこかの枷が外れている。

 人を大切にすることと、自分を大切にしないことはイコールではない。

 

 

 

 

 ここで今、一歩踏み込むしかなかった。

 

 

「ナズサ。本当は何か別の理由があったんじゃないの?」

 

 ナズサには……脈絡もなく強引に突き付けて悪いが、こうでもしないとはぐらかされてしまう。

 

「……先生?」

 

「私にだけじゃない。ミカにも言えなかった、違う理由が」

 

 ナズサの性格なら、もしも本当にミカが『ゲヘナが嫌い』という理由でクーデターを起こしたなら、始める前から絶対に説得して止めていたと先生は思っている。

 

 この事件の動機は……何かが欠如している。何かが矛盾している。

 

 実は二人共、誰にも言えない、もしくは自覚出来ていない理由があったのではないかと。

 

 そしてそれを裏付けるヒントが、これまでの二人の言動に隠されている。

 

「ナズサ。君はミカとナギサ、そしてセイアを頼むと言ってきた。その言い方はまるで────」

 

「そんなこと言いましたっけ?」

 

 若干の早口で先生の言葉を遮るナズサ。その冷え切った声に一瞬先生は怯む。

 

 瞬間風がなびいた。

 

 先生は様子が急変したナズサの表情を窺おうとするも、俯く横顔は目元が隠れていた。

 

「……言った。合宿の初日、みんながプール掃除をしているのを眺めてた時に」

 

「言ってません」

 

 キッパリと断言するナズサ。

 

「今みたいにこうして二人でもたれかかりながら」

 

「言ってません」

 

 子どもの駄々のように、白々しく頑なに認めない。

 その姿に先生は──焦燥もあったのだろう。少しムキになってもう一度言おうと。

 

「ナズサ!────」

 

 

 

 

 

「言ってません」

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 地響く程に深く低い声音の否定と共に俯いていた顔が勢いよく持ち上がり、カクっと不自然な角度で──その顔は表情が抜け落ち、口は一文字に閉じられまるで能面のようだった。眦が裂けるほど見開かれた瞳には、一切の光が届いておらず、琥珀色の虹彩は濁りドロドロと黒いなにかが渦巻いていた。

 

 

 目を離せない、声も出ない。唾が喉を通ることも叶わない。爪まで総毛立つ感覚に陥る。

 

 

 

 それは究極の拒絶反応──恐怖だった。

 

 

 

 ナズサは先生の言葉に恐怖していた。

 濁流した感情が真正面から衝突し、恐怖の対象であった先生でさえも共鳴させて恐慌させる程異常に。

 

 

『やってしまった』

 

 

 先生は軽率な行動を取ってしまったと悔いた。

 

 子どもを不安に陥れ、怖がらせる。ましてやそれが生徒から先生に向けたものなどあってはならない。更に先生()が彼女を恐れてどうするというのか。

 

 

「…………」

 

 石のように硬直した先生とは裏腹に、緩慢に立ち上がったナズサは、覚束ない足取りで夕陽の中へ吸い込まれていく。

 

 

「──なっ!!」

 

 

 ここで動かなかったらダメだ。

 

 震えを無理やり大人の気合で押さえつけ、硬直した筋肉を動かして立ち上がり。

 

 

 

 

「────っ!」

 

 

 

 その左手を、力強く握りしめた。

 

 

 

「……へ?」

 

「ごめん……ナズサごめん。悪かった」

 

 

 彼女の力なら先生の手など容易く振り払える。

 

 しかし突然のことで状況が理解出来ていないのか、ナズサが振り払うことは無かった。

 

 

「でもナズサ、お願いだからこれだけは忘れないで欲しい」

 

 

 その隙を逃さない。

 

 先生はどうしても絶対に──もう一度伝えたかったあの言葉を贈る。

 

 

「先生は、私はいつだって全ての生徒の──ナズサの味方だよ」

 

 

 少しだけ腕の力を抜き、優しく包むように手を握る先生。

 一方ナズサは、さっきまでの表情とは打って変わって、半開きになり呆けた顔のまま固まっていた。

 

 

 

 ……あれ?聞こえなかったのかな?

 

 

 

「私はいつだって──」

 

「へぇっ!? ちょ、ちょ先生!? 聞こえてます! 聞こえましたから! 二度も言わないでください!」

 

 ここで強引に来るとは予想していなかったのか、明らかに狼狽え頬を赤らめながら腕を振り払うナズサ。しかし決して嫌悪で逃げるようなものではなかった。

 

「そうだった……先生はこういう人だった……」

 

 諦め半分嬉しさ半分が混じった溜息を吐き。

 

「……ありがとう。先生」

 

 まだ赤味を帯びた表情で、消え入るように呟いたそれは、この日初めて──いや、出会ってから初めてナズサが心から安堵して笑えていた気がした。

 

 

 





ナズサ「やばいバレるどうしようやらかしたまじでおわるおれなにいってんだ」



評価、感想、ブグマ、誤字脱字報告ありがとうございます。


tip!

ナズサのアクセサリー等の類は全てミカかナギサから貰った物



05 17

一部加筆修正しました。


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