ナギサ様の脳を破壊し隊   作:あみたいと

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一歩、先

 

 

 

 

 

 クーデターを仕掛けた主犯格として補習授業部達に立ち塞がり、そして敗れた聖園ミカはシスターフッドによって捕らえられ、正義実現委員会との尋問を経た末トリニティ内に設置されている拘置所へ軟禁されていた。

 

 しかし拘置所と言っても、ベッドや個室の手洗い場はもちろんのこと。シャワーや洗面台、テレビやソファなどイメージされるような独房とはほど遠い……ホテルの一室、それも極上のスイートルームと見間違えてもなんら不思議ではない豪奢な部屋であった。

 

 その上ミカ本人が囚われていることをまるで気にする素振りも見せず、看守へ小間使いの如く注文を付けて完全に軟禁生活を満喫しており……寧ろ以前よりも無理難題な注文が増えているがそれは置いておいて。あらゆる訪問者との面会ものらりくらりと躱し……その心中は考慮せず、生活だけの点で見れば充実はしていた。

 

 

 

 だがこの日……ここでの生活で軟禁されてから初めて、ミカは苦虫を噛み潰したような苦悶の表情を浮かべていた。

 

 

 

「はぁい。なんだか久しぶりだね、ミカちゃん」

 

「………………」

 

 

 僅かな怒気が含まれた視線の先には……ネズミ一匹も入れない程に厳重に警備されている拘置所に、さながらスパイ映画の如く換気扇を突き破り侵入してきた下手人──ひらひらと手を振る桐藤ナズサだった。

 

 既に深夜の時間帯、妙な物音に目を覚ましたら格子越しの天井から降ってきた親友。驚きはしたものの、付き合いの長さからこうして無茶な行動に理解は及んだ。

 

 しかし今のこの状況は決して普段の()()で行っていいことではない。

 

「どうして、ナズちゃんがここにいるのかな……」

 

 様々な葛藤と困惑と負い目、そして悪戯な笑顔を浮かべるナズサへの安堵と怒りに声が震える。

 

「そりゃ、不法侵入したからね」

 

 そんなミカに気付いているのかいないのか、悪びれる様子もなく至極当然の事実を述べるように肩を竦めるナズサ。

 

 飄々とした態度はわざとなのか、それとも現状の立場を把握できていないのか。いやしかし、ナズサはそんな頭が回らない人ではなく────ふつふつと苛立ちが募っていく。

 

「……もう夜遅いじゃん、迷惑なんだけど」

 

「ごめんね? さすがに警備が厳しくってさ、この時間じゃないと無理だったんだよぉ」

 

 ぶっきらぼうにあしらい冷たく突き放すミカ。しかし相も変わらずナズサは、たははと笑い普段の軽口へと持っていく。

 

「……そもそも私、面会拒否にしてたんだけど」

 

 今度は濁すことなくハッキリとナズサを拒否する。ミカ自身がナズサと顔を合わせたくないのだと。

 ナギサやセイア、アズサや補習授業部の面々。多くの方面への罪悪感と自己嫌悪の中でも、特に負い目を感じていた先生とナズサには面会拒否を告げていた。

 

 

「そうだよー、心配だったんだよ? ミカちゃん────」

 

 

───っ、なんでっ!!

 

 

 怒声と共に鉄格子を鳴らし、ナズサの言葉を遮る。向けるミカの視線は鋭く、今にも掴みかからんとする勢いだった。

 

「ミ、カちゃ……」

 

 親友のこれまで見たことも向けられたともない感情に、ついに流石のナズサも息詰まり狼狽えていた。

 

「……なんで来たの? 意味が……分かんない、ナズちゃんは被害者で……私なんか放っておけば……」

 

 言いたいことは沢山あるのに言葉が詰まる。これ以上巻き込みたくない、大人しくしていてほしい。自分なんか見捨てて欲しい。でもこうして心配して会いに来てくれていることに、喜んでいる自分が居るのも確かだった。

 

 身勝手で我儘な矛盾。覚悟は決まっている筈なのに、やっぱり────そして更に膨らんでいく自己嫌悪。

 

「あの時だって、ナズちゃんはいっつもそう! どうして……」

 

 

 

 ───私を憎んでくれないの?

 

 

 

「もう、帰って」

 

 乱雑にナズサへと突き付ける拒否。ミカは俯くことしか出来なかった。

 

 

 別にこんな格子を破ることなど、ミカにとっては造作もない。

 しかし決してそれを行うことは出来ない。許されない。

 

 隔てられた先に居るナズサへ言葉を交わすこともその手に触れることも、彼女の視界に入ることも禁忌として戒めるように。

 誰にでも暖かく照らしてくれる太陽を、これ以上穢して曇らせてしまわないように。

 

 

「……そっか。分かった、今日は帰るね。いきなり来てごめん」

 

「……っ」

 

 しゅんと萎れたナズサの声音に、自身が突き放したにも関わらず歯噛みしてしまう。

 

 だけどこれで良い、これが正しい────

 

「でも」

 

 隔てた先からの伸ばされた両手が、格子を握り締めるミカの拳を包み込む。

 

「私は絶対に諦めないし、放っておくなんてもってのほかだから」

 

 その手を振りほどくことはできず、そして自然とナズサが紡ぐ言葉に……その瞳を見入ってしまう。

 

「だって私は……ううん、私()知ってるから」

 

「なに、が…………」

 

 琥珀色の瞳に湛えられていたのは憐憫や同情ではく真っ直ぐに真剣な、何処までも透き通っている純粋な想いだった。

 

 

 

「確かに少しワガママな一面もあって、それに振り回されたりコイツーってムカついて喧嘩したりもするけど」

 

 

 

「でも短慮であってもその裏には必ずどこまでも純粋な優しさがあって、こうやって空回りしたら自分を責めちゃう良い子だって知ってるから」

 

 

 

「だからミカちゃんなら何度だってやり直せる」

 

 

 

 その言葉をどこかで望んでいた。

 いつもそうだった。ナズサはいつも欲しい言葉を投げかけてくれてた。そしてそれは“あの人”も同じだった。だからミカは────

 

「無理、だよ……あんな最低なことをした、みんなからの嫌われ者の魔女が許されていい訳ないじゃん……」

 

 しかしそれでもミカは自分を許せない。認めることができない。

 包み込まれた両手を──鉄格子からゆっくりと離れ、暖かい陽光から逃げるように目を伏せる。

 

 

 友を殺そうとし、その姉も殺そうとした。周りを騙して陥れた最悪の魔女なのだから。

 

 

 そんなミカの懺悔……いや自傷を余すことなく正面から受け止めたナズサは、一度()()()()()ように目を瞑り、そして悲しげな笑みを浮かべた。

 

「……まぁこれ以上は()()ってやつかな」

 

 紡がれた言葉には、決してミカを諦めない意思の固さと……それとは別の絶望的な諦観が混在していた。

 

 そのちぐはぐな違和感を、ミカは確かにこの時感じることができたのだが、心の余裕の無さと気まずさに押され、口に出すことが出来なかった。

 ふと表れたあの諦観が何処へ、一体誰に向けられたものだったのか。この時ナズサがどれだけ傷付き抉られていたのか気付けたのならば、もしかしたら惨劇は回避出来たのかもしれない。

 

 

「……あ、それとミカちゃんにこれを預かっていて欲しいんだ」

 

 と突然、空気を払拭するようにわざとらしくトーンを上げたナズサは、首にかけていたカメラを差し出す。

 ミカやナギサと出掛けた時には必ず持ち歩いている一眼レフの上物。ついこの間、赤面したミカを激写した因縁の一品。

 

 胸元へ押し付けられたカメラを落とすわけにもいかず自然と受け取ってしまうミカ。突然の行動に疑問符しか浮かばなかったが、「お願い」と必死に懇願されはぐらかされてしまった。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 一週間。

 それは三日に一度は食料や飲み物、嗜好品を抱えてアジトに突撃してきていたナズサが来なかった期間だ。

 

(ナズサちゃん大丈夫かな……)

 

 ベアトリーチェの呼び出しにアリウス自治区の離れにあるバシリカへ足を運ばせながら、アツコはここ最近訪れないトリニティの生徒を気にかけていた。

 

 

 ベアトリーチェ──マダムが突然引き入れたもう一人のロイヤルブラッド、桐藤ナズサ。

 

 

 ある日突然やってきたトリニティの生徒。彼女はアリウススクワッドに小さな幸せを運んできた。それは誰もが享受して当たり前のものであったが────しかしこの閉じ切ってしまい、困窮にあえぎ明日の食料を食い繋ぐのに精一杯だった世界(アリウス)では、なによりも困難なささやかで贅沢な幸せだった。

 

 なにより決して押しつけがましいものでなく、そこには所属する学校も過去の因縁も一切の介入の余地がない、メンバー全員それぞれの近すぎず遠すぎない適切な距離感で接しており、ナズサ自身がみんなと関わりたいという誠実さが表れていた。

 

 

 そんな定期的に必ず訪れていたナズサがぱったり急に来なくなった。エデン条約が間近へ迫ったこの時期に。

 

 

 

 市街地を抜けると背の低い草が並ぶ広々とした空き地へ出る。その中心には堂々と佇む聖堂。マダムに見初められた者のみが、立ち入ることを許されるバシリカへ辿り着く。

 

 深淵へと誘う巨大な扉は大きく口を開けており、慣れた足取りでアツコは講堂内へと入っていく。

 

 見上げる程の天井には皮肉なほどに眩い光が降り注ぎ、大理石の柱が何本も連なる姿は一見すれば大聖堂の有様だった。

 しかしふと、講堂内に雷鳴のような異音が轟くと同時に────しばらくすると焼き付くような焦げた匂いがアツコの鼻腔に届いた。

 

(これは……?)

 

 それは呼び出し人であるマダムが位置する最奥から漂って来ており、嫌な予感と焦燥感に駆られたアツコは自然と早歩きになっていく。

 

 

 一歩一歩進む度に重くなる気配を乗り越えて抜けた先に在ったのは────

 

 

「────ナズサ、これはあなたの軽率な行動が招いた結果ですよ」

 

 それはそれは心底残念そうに呟く、この地の絶対的な支配者である、毒のように禍々しい鮮血の大人に。

 

「あ、う、ぐぅぇ……」

 

 陽だまりのような底抜けな明るさを放つ少女が、見る影もなく漏れる嗚咽を必死に抑え、肌をさらけ出して小さく跪く姿だった。

 

 そして先程の異様な匂いは────丸く蹲るナズサから、じゅわじゅわと焼き付き薄い煙を上げているものからだった。

 

(あれは……そんな……!?)

 

 だがそれ以上の……はだけた背中から、ナズサの笑顔の裏に隠されていた衝撃的な事実が襲う。

 仮面越しのアツコの顔が歪み、声が出ないとは正にこのことだった。

 

「常々、あなたの一挙手一投足に姉と親友の運命がかかっていることをゆめゆめ忘れないように」

 

「は、い……申し訳ございません」

 

 深々と地に頭を付ける勢いで、謝罪の言葉を拙く発した彼女の表情は誰も知らない。

 

 

 

 

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